"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産申請中←今ココ)

日本で使う英語

ふと思いだした事

貴重な休みに部屋に引きこもりが有り難く。

無駄にiTunesがシャッフルされ続けているせいで

偶然まわってきた曲で

さっきまで忘れていたんだけれど思いだした事がある。

曲名は

The Chainsmokersの

"Honest "という曲。



この歌詞の内容はさておき、


絶縁中の娘がまだ幼い頃の事を思いだした。

しばらくだけ日本の中学校(ぇ?幼くなかったか・・・・)へ

通っていた時の英語の授業で小テストみたいなものがあった時の事。



"honest "の意味を「本音」「うそじゃない」と書いて

だった時に、

「何が違うの?」と怒った事があった。



ただそれだけの話なんだけど当時の娘と私の会話とか

日常が走馬灯のように頭に(涙)




いつの時代になっても、

英語が義務教育の必須科目になってからも

何をどう変えても、

一向に日本人が莫大な時間をかけて英語を勉強しても

世界的なレベルから考えると、

英語が話せない、聴き取れない件は永遠のテーマになるかもしれない。



そこでふと思ったんだ。

日本人は英語が話せないんじゃなくて、

良い意味で「真面目」な気質とか習慣性っていうか

1つの方向を皆揃って観ていないと駄目だっていう身の回りには環境があって・・・・


もうこれは誰が悪いとかのレベルじゃくて、

これが長い長い年月を流れて

日本で暮らす日本人の生活スタイルなんだよなーって。


英単語一つの意味は1つ。

文法も大事にして。

漢文や古文にも色々な説がある中、

学校で習う事は1つ。


それを暗記しなくては生き残れない環境。


教師の中にも、もしかしたら

私は本当はこういう風に教えたいんだけれど・・・・っていう独自の

考えがあっても、結局のところ「組織」に属し

日本という国の習慣や生活環境が邪魔をするというか

良い意味でも悪い意味でも島国。


外の景色や空気をうっかり受入れたりしたら

たちまち周囲から浮いて見られてしまうこの環境。



就職活動で真っ赤なスーツにハイヒールを履いて行く学生がいたとして、

英語が仮に難なく話せたとしても

不採用になってしまう確率が「大」だというのは

「個」を出しても良い場所へ進む他ないのだ。


ブログなどで有名になった人の中には

いわゆる大手企業と呼ばれる所へ就職してはみたものの、

「個」では「並ぶ」事に違和感を感じ退いた人も多い。

一方を向く事を重要視される場所が好きな人も中にはいる。

どれが正解とかではなく、

結局のところ

自分がどこを向いていたいのか?は大事だよね。


で、いつもどおり、話が反れたんだけど・・・・・

honestの単語だけを直訳すると、何が正解なのかな。


私も正直言うと、


あの時の娘の英語の授業の最後にあった小テストの正解は何だったのか?


結局わからない(焦)



私が先生なら「◯」をつけてあげただろうけど(焦)





東京へ来てから確実に感じているのは、


都内で地下鉄に乗るために恐ろしい程深い深いエスカレーターを

数え切れない程沢山の人が、綺麗に並んでお行儀よく?待ち、

片方を開けて、立つか進むか。


東京では、左が立ち止まって良い場所。

右が急いで駆け上がる人。(大抵、私はこっち)


これも、いつ誰が決めたのか詳しい事はわからないけど

日本のこういう規律っていうか、決められた方向に

誰も文句を言うわけでもなく丁寧に並んでいるところって

凄いって思う。



1分遅れてきた電車に乗ったら丁寧なゴメンナサイの挨拶が

アナウンスされる。

日本も今から50年前なら道には野良犬が普通に歩いていたり、

タバコを吸いながら歩き、ポイ捨てなんか当たり前だったし、

ホームレスの人が通学路であろうとどこであろうと

普通にいて。


電車の中でお弁当を食べる人だっていた。(新幹線とかじゃなくて)

割り込みで入る人だって沢山いたさ。

優先席なんかあって無いようなマークだったし。


ぁ、また話が反れたよね(焦)



で、話を思いだしつつ元に戻すと・・・・・


英語の単語の意味は、学校で習う事が100%だ。

それを疑う事もなく、発音も英語の先生のレベルで耳が慣れるのだろう。


私の年代は古すぎるのだけれど

大学までいれると最低でも10年は勉強したのに英語が話せる事は無かった。

私は学年中でも特に勉強しなかった事にだけは自信がある。

英語どころか、国語もサッパリ理解していなかった。




今の時代だと、幼稚園や小学校でも英語を取り入れているのだから

19年?


19年間、英語のある生活をしていても、

22歳になった時に、日常生活で英語を役立てる事が出来る人がどれだけいるだろうか?



個人的に英語を習うとか、

英語圏へ留学するとか、

これが出来る人はごくわずかだろう。

英語で授業を受ける学校も増えてきているとは言え、

それでもやっぱり一歩日本を出れば話しているのは

ジャパリングリッシュだ。


あぅぅ、、、悲しい。



無料で学校で教えてもらっているだけでは

日常的に英語が話せる聴けるまで達しないのが残念過ぎるよね。




私もその中のひとりだったんだ。

30歳ソコソコで、日本を出た時に、

ハローとバイバイくらいしか正直わからないレベルだった。

ただ野菜やお肉を買いに出るだけでも緊張の連続だったのを思い出す。

レジでお金を払い出てくるまでの間、

どうかもう話しかけられませんように。と心で

祈り続けるばかりだったのを思い出す。



数年間生活している間に、嫌でも現地の人達の英語を聴き取り

こちらからも会話をしなくちゃという環境になって初めて

テキストを使うのではない語学の勉強が始まった。

当時の私は帰る場所が無かった。

だから一生英語の環境で子育てをして、自分自身も聴き、話す大事な手段が

英語だった事が結果的には良かったのかもしれない。

ピアニストが音を聴いただけで音符を書くのに近いレベルで

私も耳コピー英語ばかりの日々。


さすがに、書く為にはスペルがわからないと駄目だったけれど。



警察に話しかけられ時の言葉。

強盗や事件に巻き込まれた時の英語は日常でしょっちゅう使わないものだけに

映画やネットで観たり聴いたり。


更にスラングは、辞書に無いわけで。

10歳以下の子供が話す英語。

ティーンエイジャーの英語。

社会で使う英語。

オフィスで必要な英語。

買い物の時。

病気になった時。


日本語もそうだけれど、

場面ごとに使い分けが必要な言語の勉強は、実際その場面に遭遇しないと

活きてこないものばっかりで。


私はラッキーな事に、強盗にもテロにも遭遇。

10歳以下の子供やティーン集団にも遭遇。

オフィスで必要な最低限の言葉。

道で知らない人と会話が始まった時の会話にも参加出来た。



それが・・・・・・


帰国して日本で暮らして日本語だけで生活をしていれば、

どんどん英語を忘れてしまう。


ただ、周囲を見渡してもわかるように、

「英語」だけでなく、外国語を使って日本で話そうとすればする程、

今のこの時代でも好奇な目で観られる。

さすがに空気を読めない私ですらこのジロジロな目は感じてる。




移民の国では無いにしても、いったいいつの時代になれば

他国の言語や服装、習慣を観てもジロジロ見られない場所になるんだろうね?!


くどいようだけれど、

絶縁されたけれど私の娘も、

日本へ帰国した頃は、日本語よりも英語使用頻度が日常だったから

どうでもいいような英語がふと出てしまったりして、

学校の先生やクラスの子からの好奇な目で見られて

嫌な思いをしたことを「ママにはわからない!」と怒ったものだ。

帰国子女である事を隠して英語を一切使わなくなった。


唯一、今一緒にいる犬くん相手に英語で話かけているくらいだったんだ。

あぁ、その犬くんを私は奪ってしまったんだね・・・・(涙)



地方都市にも多くの外国人が暮らしているとは言え、

首都には圧倒的に外国人が多く住んでいると感じる。


英語だけとは言わないけれど簡単な英語を話せたり聴ければ


ラッキーな事もあるはずなのに。



日本人同士で、英語を使う理由も場面も無い。

職場で、英語が必要になるところへ就職したら良いだけ。

と、言ってもそう簡単にはいかないだろう。


今のバイト先でも英語が話せて格好いいとか言われてしまうけれど

うっかりいい気になって英語を使い会話をするわけにいかない。


それが日本で気をつけなくてはいけないところ。

「謙虚」さというより、

どの職場であっても目立つ事をしてはいけないのだから。

「個」よりも「集」に神経を使わなくてはいけないのが

私にとってはとても生き辛い。

多分、娘も・・・・・



ここ数日、犬くんの体調があまりよくない。

それでも彼が頑張っているからにはママである私も頑張らないと。


ふと考えてしまう事。

もしもこの子が寝たきりになったりしたら?

私が仕事を辞める=無収入。

つきっきりで看病をする事が出来ないとなると、

この子はどうなってしまうのか?

お水を飲みたいのに飲めないとかおしっこやうんちは?とか。


いや、その事を今心配する事なのかどうか?

それと英語環境は全く関係の無い話であるわけで・・・・


もう、頭が混乱ぎみで鬱。


2日間の休みで合計24時間は犬くんと一緒に過ごせたと思う。

狭い狭い部屋の中なのに、

眠って起きると迷子になったりしてオロロと歩こうとするこの子を観て

私まで不安に。

でも、私が不安になったりしたら駄目だ。

私の精神や心を犬くんは100%読むから。


私の高い声を聴き取れないから、あえて頑張って私の中で出る一番低い低い声で

こっちだとお知らせする。



それでも、迷子になってしまう犬くん(涙)

本人が一番不安だろうね。

壁に向かって突然「ワン!」


自分のハウスに入ってみたり、ベッドの上で眠っていたかと思うと、お水を自分で飲みに行き、

ちゃんと決まったトイレへヨレヨレで歩きながら行く。


戻ってくる時に大げさに褒めてあげる。


人間の赤ちゃんの子育てと同じ事が始まってる。


これまで何度も何度も転居したり、旅に連れて行ったりした事で

この子は楽しかった事よりも不安にさせた事のほうが多かっただろう。


ある日は日本語で会話。注意したり、褒めたりお知らせしたり。

ある日は英語で会話。 注意をしたり、褒めたりお知らせしたり。


色々な場所や環境の中でいつも私と娘の間で楽しい時間を与えてくれた

大事な大事な家族だ。

love ya!! Harbie!! Don't give up with me!!!

大好きなharbie ママと一緒にがんばろうね!

今日の夕食に一緒に食べた筍ご飯!!美味しかったでしょ!?

しっかり寝て、明日の朝からまた笑顔だよ!でしょ?!f:id:ecoplace:20180221210403j:plain

私へ。

とってもくだらない事で凹む。

今日は本社で今月最後の恒例の研修だった。


私の店舗からは私を含めた2名参加。


一緒だった人は女性。


前回の時になぜか電話番号を聞かれた。

うん。お伝えした。


その後、電話が1度かかってきた。思いの外、仕事中では話さない人が

色々話せた。


その後、私からかけようと思っても電話代が必須になってしまうので

LINE検索したら、その人のLINEがヒットした。



でもいきなり申請するのもどうかと思って・・・・・

今日お会いしたら申請してもいいですか?と聞いてみようと思って


休憩中にその人の電話番号を再度検索した。


ブロックされていた。うん。


いいんだ。

電話をしょっちゅうかけあう関係でも無いんだし。


LINEでメッセージを送ってほしくないのかもしれないし。


もう考えるのはやめよう。


とっても小さなくだらない事だ。



「絶縁」


私から離れていくには皆理由があるんだろうな。


生まれて初めて私から去った人は、私の実の父だった。

そして、弟。

そして、母。


そして、娘。



中学校の時の親友だった一人の女の子も連絡先がわかっていても

もう関わってほしくない様子だった。

だから自分から去った。


「無事で元気にしてるってわかっただけで安心したよ」って私から言ったのが最後になった。


離婚してから私が恋人になった人?

皆、今近くにはいないよね。


私が去ったのか。

彼らが去ったのか。


また「絶縁」って言葉が頭に浮かんだ。


24時間前に私は頭の中、心の中で

笑顔で前を観て歩くよ!

きっと気づけばそこには私を観てくれる家族や友人が増えてるよ!


そう思えたのに。


今日の研修中には・・・・・


ジェットコースターのように忙しい私の頭と心。


誰にも悲しい顔を観せないで、わざと明るくふるまって仕事もして。

玄関をあける時には、

唯一の家族である犬くんが独りで息途絶えていないか?

ドキドキしながら恐る恐る玄関の鍵を開けて、

部屋にはいる時にも、とっても明るい声で犬くんの名前を呼ぶ。


誰も「ママ」と呼ばないのに、

「ママだよー」って明るくふるまって。


ここに、こうして気持ちを文章にするだけで少しだけ気持ちが落ち着く。


自分で混乱して自分で整理して。


誰だって、

悲しくなるようなちっちゃな事があるのは、自然だと思いたい。


だからこそ、

ちいさな喜びが嬉しくて

自分の中では人生最大にダントツ1位の喜びに変わってる。


さっきTwitterでみた言葉。


「夜、落ち込んで暗い気持ちになっているときは、その場で行動してはいけない。 必ず朝の光の中で考え直しなさい。」


そうしよう。


私は孤独では無いと教えてくれた人に感謝してるんだから。


あれもこれも考えるのはやめよう。


明日がきたら明日1日の事を考えて精一杯に過ごそう。


右足を前に出せば、左足も自然に出るのだからさ。

うん。

歪みを知る事

本当は眠ったほうが良い時間なんだけれど

今日はこれだけは書き残しておこうと思う事があるのであと少しだけ。


今、

私が温かい場所でこうしていられる事になれたのは

友人のおかげ。


去年の7月中旬から

日々の生活や時間に追われて感謝する気持ちが

歪んでしまいそうで心のどこかで自身に

罪悪感でいっぱいだったんだ。


そして、何もかも自分の思い通りに事を

勧めようとするあまり、自分が本来どこを向いて

歩いていこうとしていたのか?

忘れてしまうところだった。


自分を遠くから見守ってくれている人の気持ちを

無駄にしては申し訳ないと、

何でも良いから働いて、

とにかく生きてさえいれば良いと言い聞かせた。



そんなこんなで、今。


「感謝」をするという気持ちや「事」について

考え直すチャンスがまわってきた。



私のこれからの人生は誰のものでも無い。

自分自身のものなのだ。

ただ、自分が好き勝手に生きて良いというわけでも

自分に嘘をつきたくないからという理由で

自分の好きな事だけをして日々を過ごすというのも

これは、違うんだ。と考えさせられた。




誰かに強制されたわけでも

自分に嘘をついたわけでも無い。


ただ、

立ち止まって少しだけ自分自身を遠目に

観て振り返る事が出来た気がする。



明日の事を案ずる事や、少しだけ将来を案ずる事、


目標や計画も大事だけれど


今この瞬間に感謝が出来る自分を大事にしようと思ったんだ。



「ありがとう」



この言葉を口にしてから

眠るような習慣が出来てきていて

自分自身を一旦リセットしてくれる魔法のような言葉になる。



これまでどおり、夢は持ち続けよう。

これまでどおり、目標も持っていたい。


ただ、これまでと違うのは

自由を履き違えない気持ちと、

「何か」が起きた時にも感謝する気持ちを忘れないという事。



まだ起きてもいない、悪い出来事を案ずる習慣をやめてみよう。


今日、純粋にこう思えた事に「ありがとう」

今日も1日、家族を近くに感じられた事に「ありがとう」

ドッキリ?!

生まれて初めての感情の記念に。
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バレンタインデーに絶縁されている娘には結局会えないまま終わってしまった。

でもね!

生まれてはじめての新しい分野の「気持ち」を経験する事が出来ました!



他の方々のブログで「ほしいものリスト」というのを

時々見かけてはいたけれど、自分には永遠に無関係なものだと思っていた。


始まりは。

「ほしいものリストをアップしてみる事を勧めて下さる」→

「アップする方法」→

アップが上手く出来ず諦めかけていた→

そして!!

バレンタインデーの翌日。


ほしいものリストの中から2つも贈って下さった方が!!


もはや


私の中では女神さまを通り越して神様!!



実はどんよりしていた私。


そんな私に「笑顔」をプレゼントしてくださった。



こんな事って起きるものだなんて想像もしたことがなかった!!



ドッキリか?!(ワ、ワタシは芸能人じゃないから無いなっ・・・・)


ぁぁぁぁあああ〜〜〜もう!!!

もぅ感動です!!!



私の大事な家族である犬くんの為に必須なもの(涙)

1日1Lは最低でも絶対的に必須になる飲み物(涙)


大事に大事に。

私の今の笑顔と、何か?に優しくなれている気持ちを


このままゆっくりと温めて日々を過ごしたい!



かけてくださった「言葉」の全ては


私の心の中だけで大事に


お守りにして持ち歩きます!


ありがとうございます!!

DVとモラハラはセットじゃない

今日読んだブログの中で色々と感じた事を残したい。


"DV"

"モラハラ"について。


これを同じ感覚でみないでほしいと感じた。


これはセットでは無いと思ってもらいたいと感じた。


DVへの意識はまだまだ日本では遅れているので仕方の無い事も

多いけれど、"暴力"にも色々あって


言葉(強制、反対意見を言えないなど)

殴る蹴るなど身体的なもの

金銭を渡さない、共有しない、与えない

強制的な性生活

怒鳴る、物を投げる、大声を出す


こうして書き出すと

きりが無い程、暴力には種類があると思う。


DVとはそもそも、

周囲に助けを求められない環境の中で起きる暴力だと思う。


「助けて」と言える人がいない環境であったり

助けても良いという場所がわからない人だったり。


次第に考える思考力にかけてくる人もいる。


身体的暴力については

まずは「逃げるが勝ち」という言葉を思い出してほしい。


言い訳や理由は後付で良いと思い出してほしい。


仮に暴力を自分だけが受けていて子供達には被害が無い環境だとしても

自分が逃げ出したあとの事を想定して、

決して子供を置いて逃げ出さないでほしい。



妻から暴力を受けている人にもこれは言いたい。


親から暴力を受けている人もこれは同じ。


逃げる場所は、どこ?

誰に助けてと言えばいいの?


こういう人だって、沢山いると思う。


十数年前だけれど、事故で障害者になってしまい

家族から身体的暴力を受けているけれど

自分の力だけで逃げ出せないという人の話を聞いた事があった。


誰かの力を借りないと、物理的に逃げ出せない人の話だった。


あの時ばかりは考えさせられた。


ただ、自分の足でその場から逃げ出せるのであれば

身体的な暴力の次は言葉の暴力で逃げ出そうという意識や感覚が

麻痺してしまう可能性が自分にもあると思い出してほしい。


どうか自分は大丈夫だと思わないで。


逃げ出しても、又元の場所へ戻ってしまうケースもある。


暴力をふるってしまう環境で、原因が自分だと考えては駄目。


だから、どんなに反省しているとか謝罪を受けても

元の場所へ戻っては駄目。

新しい場所で新しい生活を過ごしてほしい。


働く力が無い。

子供を独りで養っていく自信が無い。

きっとそういう理由で我慢している人もいるかもしれない。


子供を育てるにはお金が必要だけれど、

知恵さえ持てば子供を独りの親だけで育てる事は出来ると信じてほしい。


私のように、就職活動をしたことも無かった人間が結婚し

子供を産んで親になり、子供を連れ家を飛び出し、海外にまで逃亡したり

離婚をした結果、十数年たって

ホームレスにまでなって自己破産してしまい

子供に絶縁されてしまう人生になったとしても

私は、今生きていて良かったと思う事がある。


ほんと。


つい先週。

「子供は親を選べない!」と娘に言われて絶縁され

悲しくなった事を

「親もまた子供を選べないよね」と言われた。


この言葉は、自分の人生や自身や息を吸う事ですら罪悪感を感じる

私から荷物を少しだけ降ろしてもらえるような言葉だった。


そんなふうに思う事すら私は母親として罪悪感を感じていて

自分を責めて苦しい気持ちになるから。


自分のところへ産まれてきてくれた娘に幸せになってもらいたい。

こんなママでごめんねとどんなに心の中で思ったところで

娘にその気持が伝わらなければ愛情とはならないのだと

もう何十年も感じてきた。


ただ。

娘と母とは言え、自分の足や意思で歩いている一人の女性を

追いかける事は、子不幸なのだと思える事があった。

だから、私もしっかり自分の足で前を向いて歩こうと思えた。


そんな私を娘が追いかけてくれる日が

いつかあったらいいなくらいに

思うことにしたんだ。



人としても女性としても母親としても立派とは程遠いけれど

もう私は何かから逃げる必要は無いのだと思いたい。

自分に嘘をつく理由も無い。


その日に感じた事、思えたこと、思いついたこと、

書き綴れる場所がブログだったというだけで良いよね?!


いつもどおり話が随分それてしまったけれど・・・・・


そう、モラハラと暴力はセットでは無い。

その事が書きたかったんだ。

こんな私でも私が知り得る知恵ならば貸せる事があるかもしれない。

逃げ出せない、逃げ出すべき?これは暴力?モラハラ?わがまま?

我慢するべき?わからない・・・・

そんな人がいたらメッセージを下さい。


今日もここで、私のつたない文章を読んで下さってありがとうございます。

終了

今日はお仕事が休みで。

自分のお仕事が元々休みの日に休みである日はゆったりして良いのに?

心が安心とか落ち着くとか、

そういう穏やかさが私にはやってこないんだよね。

色々な人の書いた文章を読んだり、本を読んだり。

TVを観たり。映画を観たり。

あぁ、贅沢な時間の無駄遣い。


体が休まったのか休まったのかわからない。

1日中、頭痛と戦ったよね、今日も。


目が疲れ肩に気づけば物凄く力が入っていて

頭痛。



PCもスマホも観なければいいだけなのにね。




去年の冬の外の寒さを思い出す。

今は雨風をしのげて、

玄関のロックをかけていれば誰も入って来ない。

なのに?何で落ち着かないのかな。


温かい部屋に犬くんといる事に罪悪感を持つ私って誰よ?!


いいんだよね?


インフルエンザで5日間もバイトを休んでしまったというのに、

出勤した時、誰ひとり、

私に対して嫌な顔もせず

「もう大丈夫?」と声をかけてもらえた事に感激。

頭の中はいつだって罪悪感ばかりだ。



バイト(パートさんという人もいるけど)だけでも数十人といて、

顔はわかっていてもいまだに名前を覚えきれない人もいる。


社員さんの中には

ヘルプで色々な店舗から

日替わりで違う所からやってきたりするので

名前と顔が一致しない。



だのに私が本社へ行くと、

社員さんは私の顔を覚えてくれているようだ。

あっちが覚えてくれているというのに、


私が覚えていない(焦)



せめて体調管理はしっかりしなくちゃと思っていても、

インフルエンザは予想外の病気だった。



長く休みを取ってしまったので、元々休みだったけれど

明日は出勤をする事にした。


私の心と頭の中には諦め悪く絶縁された娘と

彼女が以前望んでいた遠出をするという想いが

明日のバレンタインデーだった。


昨日、娘に連絡をとってみたけれど

返事がなかった事が今の娘から私への返事。


親としてもこれ以上娘を困らせたりしては駄目だ。



私に力を貸してくれた女性。

私がしっかり前を向いて歩いていれば

娘のほうから私の方を向いてきてくれる日がくると教えらる

言葉の数々。



そのとおりだと私は納得が出来た。

だから、自分を大事にしなくては。

自分を大事にするという事がきっと娘との関係を

修復してくれると信じたい。


明日は、職場内のある女性がチョコレートの代わりに

炊き込みご飯を持ってきてくれるという連絡があった。


何て家庭的なプレゼント。


どこの職場でも色々な人がいる。

今の私の職場にも、優しい人もいれば、

ガン無視されたり、

意地悪な人もいて、

裏表のある人もいて、

純粋に人に対して温かい人もいて、

留学生もいる。

高校生もいる。

大学生もいる。


私と皆が気があって、考えかたも同じなんて人には

まあ、どこの職場でも中々出会わないものだ。


だから、面白いのだと思っておくことにしてる。



みんな違うんだもんね。それがむしろ自然だよね。


2018年のバレンタインデー

きっと忘れられない日になるだろう。

私が笑顔で過ごす事。

周囲が変わる前に私が変わってしまおう!と思う。




ここで、

私の書くつたない文章を読んで下さって本当にありがとうございます!