"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

ハルオサン

2日前くらいから、このHatena blogのデザインを変えてみようと試みた。


でも、上手く出来なくて断念した(涙)


ソースを観てもさっぱりわからなくなってきて、収集がつかない事に(涙)



いつか?私も自分でプログラミングしたり、hatena blogのデザインがかけるレベルになったらいいな(願)


既にこれからは義務教育でプログラミングを習うそうで。


日本は、かなり先進国の教育レベルからみると遅れているとは思う。

だけど、凄い人は凄いわけで。


私がこの世から消えた事には、凄い人が面白いことをしてくれているんだろうなー。



今から7年くらい前。


私はある大学で教授秘書の仕事をしていた。

この教授がクセモノで(笑) アメリカ人だが日本の漫画を研究しているジェンダー問題大好きな人だ。

大学で、漫画を専門で学ぶ大学って面白いなって思う。

日本の漫画やアニメは、今ではメジャーだ。

世界中に、日本のアニメや漫画のファンがいるのだから、これって面白い時代だよね。



日本の漫画やアニメを観て、日本へ行って日本の事を学ぶ。

これはこれで面白いけど、日本人の私が当時は気後れした事もあった。


最初は、研究室だけで簡単な仕事をしていたのが、気づけば授業のアシスタントをする事になり、

気づけば、学生の心の問題や日常の問題のお助け女となっていて、

気づけば、教授の家計の管理まで任されていて、

気づけば、大学を敵に回すレベルで発言していて。

1人で何役もこなしながら、当時はまだ未成年だった娘の事も考えながら頑張ってたんだ。

何かでスイッチが入ったのか切れたのか?

あぁ、もうやっていられない!と、私はその大学を辞めた。




ただ、その大学で働いていた事がきっかけで環境の問題、デザイン、色々な事と出会う事が出来た。


難しい事は私にはわからない。

ただ、そこへ来ていた学生達や教授達、講師達、こういう人間関係は

後の私の生活には名刺代わりにもなってくれた。


東京へ行こうと思った時、

まず私は何をしようとか、就職先が決まっていたとか、何の目的も無かったと言ってもいいかもしれない。


私の人生に「目標」とか「計画」を持って、

そのとおりになった事など無かったから。


人生を自分の思うように、1日を大事に丁寧に生きていこう。

それだけは心にあったと思う。


私自身はちっとも有名でも無いし、何ひとつ得意な事もなく、自分をアテンド出来るような事など

何も無い。

そのくせ、人との繋がりだけはどんどん増える。


こういうのが、私の悪い時間の始まりなのかな。


ちなみに、私が思うに、

私は、寂しがりなのか???

仮に、無人島へ行っても、その島のヤドカリさんと友達になってしまうかもしれない。


私と繋がりを持ったとしても、メリットは無いだろう。

私の周囲にいる人と繋がりたい為に、人が寄ってくるのだと思ってる。


でもね、

私はホームレス女になって、わかった事がめちゃくちゃいっぱいあるよ。


大事にすることは、何なのか。

友達って何なのか。

お金とは。

家とは。

家族とは。

時間とは。



ちっとも哲学的でも建設的でも無いんだけど、私なりにこの経験は、この後の私の人生に

死を覚悟した事も含め、大きく変わったと思う。


私にとって、

これから何を目標にするのか、

どんな計画



きっとそんな事がこれからも、私には出来ないかもしれない。


こうありたい。と思える事はいくつか増えた。


この1年足らずの間の私の経験は、これまでの苦労の記憶が吹っ飛ぶレベルで悲しんだし、苦しんだ。

今も、この道の途中。



自分の部屋が出来て、自分でクッキングをして、犬くんの最期がくるまでは

穏やかに過ごす。

そう、仕事へも毎日行かなくては。


自分のこれまで出来なかった事を思う存分頑張ってみたい。


リスタートが本当に出来た時に、私は「今」を信じる事が出来そうな気がしてる。


まだ半信半疑?と言ったところ。



www.keikubi.com


「ハルオサン」


ハルオサンのブログを読んでから、私は本当に元気を沢山頂いてる。


いつか元気になって、ハルオサンに恩返しをするんだ!!(今の目標?)生きる気力に繋がってる!


私もいつかハルオサンのように元気になるんだ!!(祈)


イケてない警察官を行先で観るたび、ハルオサンのような人が警察官になって今も働いていないのは、

ハルオサンが良い人過ぎるからだ。

って、思う!!!



昨日、ハルオサンの始められたという、
locafra.com

を、観ていて色々辿って調べてみて、ハッとした! いゃ

ギョッとした?

ハルオサンの周囲に私の知り合いがいる臭い(涙)

どうか、ハルオサンが汚い人に染まってしまいませんように。

そして、ハルオサンをダークな世界に誘おうとしている人達様へ。


ハルオサンは石橋を叩いて割ってしまう程、用心深くて頭の良い人だと思います。


どうか営利目的で利用しないでくださいね(願)

これ帯状疱疹なの?

実は、まだわからないんだけど。

帯状疱疹」なるものになってしまったかもしれないんだ。


痛っ!って思った箇所(肩?)

触ってみたら、ん?これ湿疹?

ピリピリして痛いしっ!!(まるで娘と私の関係じゃないか!!!)


娘の家から一番近い皮膚科へ駆け込もうかと今、無料wi-fi使用中にも関わらず、考え中。



湿疹の画像をひたすら?観てみた結果、この「帯状疱疹」に何気に近いような(焦)


症状も、限りなく近い(涙)


水疱瘡がどうのこうのって書いてあった。


水疱瘡をしたかどうか???(菌を保持してるんだってね......)


子供の頃、私の弟が水疱瘡になって、なぜか私は一緒に病院へ行きそこで予防接種をしたような記憶がある。


いゃ、もう今考えると、水疱瘡に感染していたとしても症状が軽いというだけで

逆に感染したまま、道を歩いていたって事だよね?


私の母は、私も足元に及ばないくらい、トンチンカンな人だったんだ。

(まだ生きてるだろうか)



調べたって、所詮私は素人だし、市販薬で治せないと検索しても出てきてしまうし?

こうなったら、なけなしのお金を使ってでも病院へ行く他ないよね(涙)


仕事が始まる前で良かったと考える他ない。


そう、その仕事の事で迷ってる事もあって。

もう、あれもこれも考える事ばっかりで

行動が伴わないんだ。


そして、今日は暑い!!!熱いのよ!!暑ひ.....


京都出身なくせに、都内の暑さに体が慣れてしまったのか?こんなくだらない暑さでも

暑い暑いって言葉が頭から離れないんだ。(汗)



雨が降っていた時は、首が痛むし。

こうして暑いと帯状疱疹なんかになっていそうだし!!


私の体に悪魔が住んでる??


でもね、これまだ実は出来るだけ考えないようにしてるんだけど、


実は、娘の家にいると、結構な確率で悪い事が起きる


実際、娘自身も今の住んでる家へ転居してから悪い事が起きてるんだよね(汗)



私のこれは勝手な憶測だし、何の科学的な根拠とか無いんだけど

娘の家のすぐ近くに、納骨堂があるんだ。


しかし!


この納骨堂。(汗)


誰も管理していない。

そして、いつ地震か風で建物(日本家屋)ごと倒れてもおかしくないのか、ネット(網網)が建物全てにかけられてるんだ。



壊されて、マンションにでもなるのか?工事が中断されたのか?

娘が今のマンションに転居して1年半弱?


私が居候する事になった頃から、その少し前から、娘自身も体調を壊し、プレイベートでは災難が起き、

その後、私が娘の家へ来てからは、転がるように二人っきりの家族と犬くんの身にも

悪い事がふりかかってる。



辛い時って、人間は何かのせいにしたいものだって思うけど、

何となく、私はあの「納骨堂」

気になる。



私は、無宗教だから

こういう時、何て言えば良いのかわからないけど.....


どうかあの建物に眠る亡くなった人達が天国?へ行けますように。


仏教で言えばお盆?お彼岸?とかと間違って、滞在し過ぎませんように(祈)アーメン

ぁ、もしイスラム教だったらスミマセン。


犬くんがこの先、私よりも先に亡くなったら.....と考える事は今はしたくない。


でも、私は彼が寂しくないようにどこかに葬る事はしたくないという想いだけは強い。


私は、これまで家族の死を見た事も経験した事もないので、

正直、想像が出来ないんだ。


犬くんの事はとにかく、悪い想像をしたくない。


私が先にこの世から消えたら、犬くんを天国で待っていてあげたい、これは想う。



それにしても.......


ピリピリして湿疹が痛いんですけど(涙)

よりによって

今日は久しぶりに無料wi-fiのお世話になっています。

久しぶりなのに?いつもお世話になっていたカプセルホテルから近いカフェ。

そこに来たら、見覚えのある女子。

(ぁ!カプセルホテルにいつもいた人だ!)

大きなスーツケースをコロコロしている。


そうなのよね、つい先週までは私がそうだったのだ。


ホームレスはまだ完全に終わったわけでは無いので、私もまだあの女性と同じなんだよな。


何せ、いつ娘の気が変わって「出て行って」と言われるのか?わからないのが怖い。



いつそうなっても良いように、荷物をまとめてカプセルホテルで夜を過ごしていた時と

何ら変わらずそこから出し入れして今のところ過ごしてる。



娘が突然優しいと思うと、そのあとの反動なのか?怖い事が起きる。




体の為にと、雑穀米を朝から炊いて何やらおかずも作ってくれていた。

何と、私は夜中に犬くんのお世話で何度も起きていたので(言い訳か.....)

よりによって、娘がクッキングをしてくれていた時に犬くんと眠ってしまったのだ。(あぁ、もう最悪)



どうにかして娘と、仲良い母娘になりたいのにね。


原因は、こういうなんじゃないかなって本気で思う(涙)



そして、私はすぐに「ごめん」が言えない。


私を助けようとしてくれている友人は簡単に「ごめん」を言っては駄目だと話してくれた。


ま、そうなのよね、ごめんは簡単に言わないのが良い。

だけど、ここだって時に素直に言えない私は最悪だ。





娘以外の人なら、口の中がサラダ油とごま油とココナッツオイルとバターにマーガリンをくっつけたレベルで

スルスルと、「ごめん」とか「ごめんなさい」って言えちゃうのになーぁ。


何で、娘には素直になれないかな(涙)



基本的には、一緒にいる今回の居候中は、お互いの事を干渉しない。

モノの貸し借りをしない、だったんだけど......



彼女が「良かったら食べる?」と聞くと、「いいの?」と聴いてしまう。

「いるの?」

「いらないの?」

「頂きます」



これは、貸し借りとは言わないのだろうか。(焦)


正直、ルールなんかちっとも守られていないような気がするのは私だけ?

期待しないこと

娘の家に居候戻りしてから6日めの朝。


初めて今日「会話」をした。

いゃ、ヒヤヒヤしながらで会話が若干ぎこちなかったかも?

たまたま今朝は娘の気分が良かったのか?

帰宅したら180度変わってしまうかもしれないので、凹まない為にも全てに期待はしないことだ。


今日は、通院の日だったが犬くんの病院へ一緒に行くと言って譲らないので、

私の通院は諦めた。


来週くらいからは、土曜か日曜にしてもらえないかを検討してもらえると有り難いな。






あと7日程で、私は働きに行くんだ。


これまで働いた中で最も安い時給で。


なのに、これまで働いた中では最も

硬い仕事かもしれない?(まだわかんないけどね)





こんなバイトしている場合では無いんだ。(わかってる)

来月からは、友人にお金を借りてまで転居する事が出来るのだから......


そこで家賃を滞納したり、餓死や変死体で発見なんて事にはなるわけにはいかないわけで(焦)


犬くんと二人での生活に早く戻りたい。


神様。神様、神様


お願いだから1日でも長く生かしてあげてください。


いぬくん!!絶対の絶対に長く生きるんだよ!!!




もうすぐ犬くんと2人だけで笑って平和に穏やかに暮らせる。(涙)

それだけで幸せなんだから、

家の種類とか場所とか周囲の事なんて正直、贅沢は言ってられないぞ?!(わかってる)


でもね、今回家を探していた時に思ったんだ。



私の年齢で単身。

都会に多い孤独死

家を探し始めた時は、仕事を辞めなくちゃいけなくなったばかりで、無職だった。

その日の食べ物も買えない手持ちのお金だけを持って倒れたっけ。

あの時に助けてくれた女性の若いおまわりさん。(落ち着いたら報告とお礼に行こうと思ってるんだ)


生活保護の申請に何度も何度も、いや、もう十何回?何十回?と足を運んでは、涙を流して区役所をあとにしたね。


思い出したくも無い、産まれた時から、幼少期、小中高、大学、結婚生活、離婚、離婚後、病気の事、

全部を口にさせておきながら、私を保護する事はせず、

簡易宿泊所と更生施設へ行かせようとしたよね。

厄介払いしたくて、その選択肢しか無いように言ったよね。



いつだったかに、私が障害者手帳を撮られて無くした時に、再発行の申請に行き、

それでも、電車に乗らないとって時に、都営にお願いして電車に乗るお金が無いから申請してるこの用紙で

磁気券(無料乗車券)を発行してもらえないかと何度も何度も頭を下げてお願いしたっけね。

それでも、都営さんは、新規も再発行も出来ないと。


仕方がなく、何十キロも毎日歩いたんだ。

もう犬くんに会えない、生きる意味が無い、死のうと思った。自分が高いビルから飛び降りる絵図が

漠然なものから、この頃は、はっきりとしたものに変わっていた


そして、これまでお世話になった人の声を聞きたいと思ったんだ。

その時に最初に思い出したのが、暴力と拘束の生活から救い出そうとしてくれた友人の事。


彼女の声を聞くか、写真で良いから顔をみたいと思った。


20年余の友人。恩人。

彼女は、これまで東京へ来てから1度も泣き言を言わなかった私の異変にでも気づいたのだろうか?


すぐに、電話をかけてきた(普段、電話をするような子では無いのに...)


私がホームレスなのを友人が知って助けようとしてくれる事になった。


それからは、雨風、雷、寒さ、暑さなどの全てから救われたカプセルホテルで毎日を過ごせたんだ。(一生忘れないさ)



友人とは、それからは意思疎通がうまくいかないで心から苦しかった。


そんな時に、ホームレスさんの為にお味噌汁を作って話をしに行くという団体の事を知った。


そこへなぜだろう?自分がホームレスなのになぜか行こうって思ったんだ。


その時に、私が友人に言いたかった事を理解してくれた人達がいたんだ。


お金がほしいだけではなくて、会話がしたい、社会に自分が入っていたい、生きていくうえで、自分が

社会や誰かに必要とされているのかどうか?

そういう事が大事だって事を、教えられたんだ。



温かい言葉とお味噌汁。(あの時の味を忘れられない。)



友人と娘と3人での話し合い。

そして今になってる。


このあと、無事にいけば.....



ランクルームにある荷物を出して、新しく住む場所へ運んでもらい、

公園でも、カプセルホテルでも、簡易宿泊所でも無い、一人の家へ行けるんだ。


犬くんの事を優先に考えて、病院からできれば歩いて行ける距離に借りたかった(そこそこの近さは叶ったと思う)


あとは、その日を無事に迎えられるのか。

もう、家が無いという状態になるわけにはいかない。



高齢になってから簡易宿泊所?とんでも無いって思うから。


仕事は、変わらなくてはいけないとわかってるんだ。(無謀だけど)


なぜなら、もうすぐ始まる仕事は月曜から金曜までフルで働いても、これまで働いていた仕事での収入の三分の1くらいしか

無いのに、犬くんと離れてる時間が長すぎる。


そして、私は通院を出来ない。


仕事が始まる前に、仕事を決められたらって思ってるんだけど、これは難しい。



もうすぐ始まる仕事が内定していたから、新しい場所で私の名義で家を借りれたのだから、ここは1ヶ月は

働かないと。


そう、その後の事を考えると急げ急げで仕事を探さなくてはいけないんだ。


週に4日くらいでも、時給がこれまでくらいであれば、何とか家賃を滞納する事も(これまでもした事は無いけどね)

食事をして、犬くんと贅沢でなくても、穏やかに生活できるのではないかと?(甘い?)


もう何年も時間が過ぎたような気がする。


ホームレスの時間はまだ終わっていないけど..........

本当にちゃんと自分の部屋が出来て、犬くんと二人で暮らせる日がくるまで、

今は夢なのか、それとももうすぐ覚めるのか?と落ち着く日は無い。




今は、娘の家でこの数日は色々あるながらも、居候出来ていて、

犬くんを毎日見れるんだ。一緒に眠れるんだ。(幸せすぎる)


今日一緒に犬くんの通院している病院へ娘も一緒に行くのだけれど、

喧嘩になっている空気を犬くんに感じさせたくないな。

ん。私が笑っていればいいんだ。

DDG62

私は日本人だけれど、DDG62という船の上で働いていた"US Navy"の7人の方々。

不本意にも亡くなってしまった彼らに対して、

心からお礼の言葉と、安らかに。という言葉を捧げたいと思います。

人生これからという短い時間で天国へ旅立ってしまった事に心から悲しい気持ちでいます。

彼らを愛する家族や、恋人、そして友人は、彼らを一生忘れる事は無いでしょう。

彼らは、アメリカの国の為は勿論、日本の為に、世界の国々の為に働き続けました。

命を捧げている仕事なのに、決して高いお給料だったわけではありません。

彼らに関わる全ての人が悲しみにくれていると思います。

彼らが日本語がわかったとは思えないので、私の健忘録として、そして彼らに届く事を願って

下手な英語ですが、ここに書かせて下さい。


Thank you so much for protected of Japan sea.
May they rest in peace. Prayers for their loved ones & families.
They were really hard work on DDG62 though.

I never forget this sad news in this Japan.
R.I.P
June 17, 2017

Dakota Kyle Rigsby 19
Shingo Alexander Douglass 25
Ngoc T Truong Huynh 25
Noe Hernandez 26
Carlosvictor Ganzon Sibayan 23
Xavier Alec Martin 24
Gary Leo Rehm Jr 37

他人を判断する基準はその人のステータスでは無い

"四角大輔"(ヨスミ ダイスケ)さんをご存知の方も多いと思う。

全く知らないと言う方もいるだろう。


私は、最初にその人の名前を聞いた時、どこの誰なのだろう?と素朴に思ったのをつい最近のように思い出す。


当時その人は、私が働いていた大学に非常勤で来ていた人だった。

有名な歌手をプロデュースしてきた人だった。

その歌手が休養するタイミングで自分の念願だったNZへ移り住んだ。


面白い経歴とか、その人のステータスなどは私にとってどうでも良い事で、

当時、その人の言葉や生き方、その人の妻という人に物凄く興味を持った。


当時ラッキーな事に、私は何度かお会いしてお話をする事が出来た。


でも、ある時から尊敬したり信頼出来ないと思うような事があった。



私は、その人と初めて直接お会いしてお話をした時に、ある登山家の話をした。


その登山家はまだ知名度もなく、有名になる前の事だったが、

応援をしてもらえないかという話をもちかけた。


その時、相手にされていない感100%だった。

口先だけの返事だった事で、私は距離を置く事にした。


その後、その方の奥様が私は大好きで、ご夫婦で講演がある時は、絶対に足を運んだ。


生き方、考え方、歩き方、どれも私は憧れの存在になっていった。


でも、頭のどこかでいつも何かがひっかかっていたんだ。


四角さんは、凡人がしないような事をしたい。無意識であったとしてもただこの人は目立ちたいの?と。



低姿勢な振る舞いや言葉を投げるけど、内心はどうなのだろう?といつも思っていた。




新卒で、有名なレコード会社へ入り、彼なりの苦労や大変さを経験した後、退職する頃にはすっかり業界人に。


その業界人とも、ステータスともお別れしてでも、自分の想う人生を歩みたいとニュージーランドへ。


ずっと長年憧れた事を実行にうつしたのだから、すごい。


でも、彼は結局ものすごい事を言って、書いて、それで暮らしているわけだけれど、

私の憧れの女性であった奥様と離婚してしまわれた。



個人的に物凄く悲しかった。



勿論、夫婦の事は他人にはわからない。


だけど、多くのカタカナ語を出し、本も売れた。

それなりに、別の世界で有名になって成功を収めた人ではある。


ただ、「人」としては、マイナスを表に出してしまったようなものだって感じた。



大学生、若い世代をターゲットにしてお金を得る。

四角さんのこのスタンスを私は受け付けなかった。


あの年齢になるまでに、人並みの暮らしをして、引退したから、自分の好きな道に歩めたはずだ。


だけど、その自分が歩んできた道を全否定するのか?って事になる。

矛盾を感じた。



私が応援をしてもらえないかと相談した登山家の人。


ある程度有名になった頃、二人が一緒に写真の中で収まっているのを観て、笑えた。


そう、有名人なら付き合うのだ。


周囲にいる人、場所、行動、言動、

彼の人柄を全て表している。



本当に困った人を目の前にしたら?助けるような人だろうか?

私が、「お久しぶりです、今はホームレスです」と言ったら??



ネガティブな事を嫌う人は、自分が良くなる人としか関わらない。


妻として一緒に長いあいだを過ごした人を大事に出来なかった人だったと私には思えた。




半分はニュージョーランド、半分は日本。そんな暮らしを実現させた人。

ちょうど「ノマド」という言葉が発信された頃だった。




だけど、いったいいつニュージーランドにいるんだ?ってほどしか

ニュージーランドの話題は見えてこない。



誰が観ても綺麗な写真、加工されていても自然に見える技術のある人。


何もかもがパーフェクト過ぎる。


完璧主義な人だ。

ストイックに、食べものなども気を使っていた。


自分が大好きな人と一緒には過ごしたくない。

なぜなら、自分以外の誰かが困っていても、その手を離すであろうとわかるから。




自分が溺れても、困っている人をボートに乗せて助けられるような人であれば

心を開いて、話そうと思えただろう。


誰とでも合わない人だって、いる。


それでいいんだ。

それが自然だから。



汚い人間関係など、私よりも沢山沢山、観てきた人だ。


だからこそ、自然が好きで、自然に囲まれて暮らしたいと願った念願なんだろう。


だけど、人間というのは、悲しいかな、1度でもスポットライトをあびたら、

その時を忘れる事は出来ないのだと思った。



目立つ事、自分が大好きな人。

あのひとはあの生き方が似合ってる。


そして、私はあの人の生き方を尊敬は出来ない一人だ。

決して否定するわけでは無い。

ただ、私の人生の価値観とは合わないとおもう人なだけだ。



人に点数をつけないと生きられない人の言葉は、99%Fakeだ。


観て読んで聴いて、感動する綺麗事しか出さないのだから。


これからも、綺麗で安全な場所を歩く人だとおもう。

私への判決

私は、家裁、地裁、高裁で離婚をしたけれど、

あれは、自分への判決でもあったのかもしれない。


カウントしていたわけでは無いけれど、

裁判所へ、弁護士と一緒に歩いた、裁判所で陳述した、何を話した?断片的にしか記憶が無い。

分厚い陳述書を、自分で作った。

裁判が行われる前に、弁護士(女性)と練習をしたのを覚えてる。


私が立っていた背中の後ろに、当時の姑や舅が座っていたように思う。


後ろを振り返っていないので、顔を観ていない。


ただ、睨まれていた事は想像ができる。




そして、当時の夫だった人とその弁護士。


DV法もなく、女性への偏見や、男尊女卑など当たり前だった時代。



相手方(元夫)の弁護士(男性)の言った言葉の中でも、何十回と女性蔑視とも取れる言葉で傷ついた。


それでも、裁判所から逃げ出す事など出来ない。


何年もかけて、判決を聞いたというのに、その瞬間を覚えていないのだ。



気づいたら、私は離婚届を出していた。


当時、弁護士が出すか、相手方が出すか、私が個人的に出すか、

弁護士は一人で行くのは危険だと言った。


娘の親権を取る事、もう追いかけられない事を願った事、

そんな事を考えながら、離婚届を一人で出しに行った事を思い出す。




暑い日だったのを覚えてる。



もうこの区役所へ来る事は二度と無い。永遠に無い。そう思ったら、ちょっと笑えたような記憶がある。



もう逃げなくてもいい。

そんな想いがあったんだ。


娘を私は一人で育てる。守る。

絶対に、いつの日か、本当の意味での笑顔を生もうと自分自身にも娘にも想った。



娘の手だけを握りしめて逃げ出してから20年。


私は、その手を振り払われている。


それでいいんだ。娘は一人でも歩いて行けるのだから。

あれが、実は私の裁判の始まりで、

今、その判決が出たのかもしれない。

母娘犬

私にとって人間の家族は、娘だけだ。

そして、犬くんは犬に産まれたけれど私の大事な家族だ。


3人家族になって14年。


こんなに悲しい想いをして日々を過ごす日がくるなんて想像もしていなかった。


今は、辛いけどいつか娘が大人になって、犬くんが大人になって、

私は、いくつかおばさんになっているだろうけど、どこのママよりも若くキレイに年を取ろうと思っていた。



友人のおかげで、私は命乞いをした。

そして、友人と娘、そして私の3人で会ってルールを決めたのはほんの数日前。


もう何年も過ぎたようにも感じるけど。


娘と母親の距離感や関係って難しい。



両親が揃っていても難しい。


それでも、私はどこの母親にも負けない程の愛情で彼女を守ろうと思って育てたつもり。


だけど、どこかで歯車が狂ったんだね。


私はきっと世界一、駄目な母親だったんだね



犬くんの心臓は、頑張ってる。

生きようとして彼は頑張ってる。


抱っこすると、私の手や耳に犬くんの心臓の音がしっかりと伝わってくるんだ。



カプセルホテルや、公園で寝泊まりをしていた時間、

ずっと犬くんの事ばかりを考えていた。


救急車で運ばれた時も、犬くんの事を救急隊に話したとあとで聞いた。


娘は悪くないと救急隊の人に言ったそうだ。



どれも、私の心の中にある本音。


警察署に一晩いた時も。


娘に注意をしに行くと言った警察官にも「娘は悪くない」と言った。



悪いのは、全て私だ。


彼女は、私の居候に友人の提案と決めたルールで、納得して私を入れたものの、

生活をするにあたり、私が息をしただけでイライラしているのが伝わってくる。


そして、そういう自分(娘)に葛藤してるんだ。


何で、自分はこんな娘なのか、彼女自身が苦しんでる。


私がこんな母親だからいいんだよ。あなたがイライラしたり

何かをどうしても忘れられなくて、私を恨んでいるなら、それは恨んでいいんだ。


自分をどうか責めないでほしい。



あと約1ヶ月。

私はここから出て行くから。


そして、もう二度と同じ屋根の下で暮らす事は無いと誓うよ。



私が落ち着いたら、戸籍の問題も考えようと思ってる。


彼女の戸籍から、私を抹消してしまう何か方法は無いのか?考えるだけじゃなくて、

知り得た事があったら、全て実行しようと思ってる。




私は犬くんがそんなに遠くない将来、天国へ行く時を見送ると誓って今日まできた。


どうしても、それだけはさせてくれないかな。そう思ってるんだ。


たったひとりの身内である娘は、私の存在をこんなにも苦しく、重く感じているのだ。


母親はね、子供を守るんだよ。

母親だから、子供の為なら世界中を敵にまわしても、怖いものなんて無いんだ。


こんなしっかりしていない母親だけど、

あなたをお腹の中に恵まれたと知った1990年11月5日。


あの時の感動を忘れた事は1度も無いよ。


あなたのお誕生日を、楽しみに待って待って。


そして、産まれてきてくれた事を心から感謝して感動をママに送ってくれたね。


数え切れない程の、感動をママに与えてくれた大事な大事な娘。



ママの苦しみなんか、

あなたが今感じてる苦しみや葛藤の重さに比べたら、どうでもいいような苦しみに思う。


本当にごめんね。


こんな母親で本当に本当にごめんね。


犬くんは、頑張ってる。娘であるあなたも頑張ってる。


いけないのは、100%ママだよね。


ママは、これまであなたのパパを憎んで生きてきてしまったね。

もしかすると、あのまま殴り続けていたら、飽きて今頃はごく平凡な家庭だったのかもしれない。


ママが我慢してしっかりしていたら、こんな想いをさせなかったのかもしれない。


今はね、たったひとりの家族である娘を苦しめている事、それが蹴られたり殴られたりする事よりも悲しいと思う。



たったひとりの家族の為に、頑張ってきたのは娘であるあなただったね。


ママは、何もできなかったのかもしれない。


何ができるだろう?

もし、このまま生きるとしたら、何ができるだろうか??



生きてさえいればと思ったのは、大きな間違いだったね。


犬くんに再会出来て、とにかく毎日一緒にいられるようになった。

彼を最期がくるその時まで観ていてあげたい。

どのくらい彼には時間が残っているかなんて、今は考えたくないんだ。ごめんね。


ママができる事なんかしれてるってわかってる。


犬くんと最期まで一緒にいたいと思っているのは、私。私のエゴだね。


犬くんがそれを望んでるのかどうか。

犬くんは、娘と私の二人が笑って話をしている事が、空気が、音が、大好きで安心するんだ。

もう、それは叶わないんだね。


私がした同じ後悔を、これからの娘の人生で味わってほしいとは思わない。


幸せになってもらいたい。


ママと一緒にいなくてはいけないとか、そんな事を思わないで?


ママのお世話をしようなんて思う必要も無いんだ。



犬くんは、あなたの事も大好きなんだよ。だから悲しいけど最期が訪れたら2人で天国へ送ってあげよう?


ママの事をママと呼びたくないなら、それも構わない。

母親だと認めたくないのであれば、認めてもらえなくていいんだ。


二度と会いたくないと思うなら、叶えてあげたい。 


バカな親だと笑われても、構わない。

二人で暮らすと決めた時、ママは何があってもあなたを守ろうと誓ったのだから。


守る事が出来ていなかったんだね。


自分が空を飛ぶ事を想像してしまう事が多くなってる。

だけど、それは娘であるあなたに1番迷惑がかかるという事をまだ頭で判断できてる。


もう、あなたが好きだったものを作ってあげる事も、一緒に美味しいものを食べにいく事も

無いかもしれない。

そう思っておけば、悲しい寂しい気持ちは少しは減るのかな。


何をやっても、何を言葉にしても、私の頭の悪さが、大事な娘を悲しませてしまう。苦しめてしまう。


明日になったら、頭の良い母親に変身していないかな。

犬くん、愛してる。大好きだよ。そして、ごめんね。

娘へ。 愛してる。大事に思ってる。そして、ごめんね。

あと少し。あと少しだけ、ここにいさせてね。ごめんね。

ルール

今朝起きて、犬くんのお散歩へ行って娘の家へ戻ってから。


私は久しぶりに二度寝なのかお昼寝になるのか?2時間弱眠ってしまった。


その間に、娘がキッチンで何かを作っていたのか?

私が床から起き上がろうとすると、娘の話し方は明らかに怒っていた。凹


友人との3人での話し合いの時に、お互いの生活に干渉しない。


これは、守られていると言えば守られているけれど、


今日のようにうっかり眠ってしまったせいで、娘に不愉快な気分を与えてしまったのだろう。



彼女は働いて、今の家にいるわけで。

私が今、仕事へ行っていない事、娘の家の床で眠ってしまった事。


いい気分にはならないよね。


友人が決めたルールを守れるなら、私が転居するまでの間は、居候を許可すると言ったのに、


私がそのルールを守っていないと娘は言いたいのだろう。



〚ルールについて〛

● 生活を干渉しない
● 意見を言うのは必ず一呼吸置く
● お互いの物は、基本的には使わない。借りるときも必ず了承を得てから
● してあげるとおもうならしてはいけない
● お金の授受はしない。
● 犬くんにかかるおかねは、一緒に生活する期間に限り、すべて折半。そして、必ず互
いに相談、報告。
● 一緒にすんでいる間の、光熱費、家賃に関しては、必ず記録しておく。今すぐは支払え
ない。
● もめ事が起こったら、自分達だけで解決しようと思わないこと。


簡単なようで、難しい。


娘の意識の中で、干渉しない=会話しないなのだ。



意見を言う時は、一呼吸。=LINEに書け。



今日は、私が居候先の娘の家から出ていけと言われた翌日に、犬くんの為に使ってと書いて

娘の家の宅配ボックスにお金を入れた封筒が、ゴミとゴミに挟まっているように


無造作に置かれてあったのを、今回見つけて、私はその封筒からお金を出して

次回に、犬くんの病院へ行く時に使ってもらいたかった。



お金のやり取りはしてはいけないルール。

娘からLINEが来た。


お金を戻してほしいと。


娘の中で自分は関係ないと思っているルールなどはもう消えてる様子。


何か作って毎回食べたら光熱費も多くなるだろうと思い、私は昨日、パンなどを買い置きした。


そのパンを食べていた事が娘には気にいらなかった様子。



娘は、私の食費が以前から気にいらないのだ。


贅沢をしているわけでは無いが、


ストレスをどこにもぶつけられずに過食になったり拒食になったりを繰り返す。



残念ながら、今日で3日めだが、娘の家に居候を再開させてからの楽しみは


犬くんと一緒にいる時間だけ。



娘がいない間に、過食になっている。


当然、友人が生きるを繋ぐためのお金と送ってくれたお金は、なくなってきてる。


お腹が減っているわけでは無い。


そして、相変わらず味がわからない、味覚障害も治りかけていた?のにまた始まってしまった。




犬くんと一緒にいられるなら。


何を言われても、何をされても、耐えるさ。


一生続くわけじゃないのだから。


私の家が出来て、犬くんとまた元の暮らしに戻れたら、私の好きな時に好きなものを食べて、

犬くんと沢山遠慮なく会話していたい。

結婚記念日を思い出せない

色々と書いてここで置いておきたい事があるのですが.....


今日は、今日にちなんだ事を書いてみます。


今日6月17日は、娘のパパさんとの結婚記念日でした。


もういい加減、こういう日を頭の記憶から消してしまいたい。


何で覚えているのだろうか?



元夫の彼と出会ったのは大学へ入学する少し前でした。

そして、私は学生結婚をしたのでした。



元夫が卒業をした翌年に娘は産まれました。








もうこの世で最もと言っても過言では無い人の事や、その周囲にいた家族、親戚など全ての人達を


私の記憶から抹消してしまいたい。



結婚生活をしていた時は、結婚記念日に特別な事があったかどうか??


実は、ここの記憶が一切頭から消えていて記憶が無い。



結婚記念日には余程ひどい目にあっていたのか、痛い思いをしていたのか、全く思い出せない。






私にとって、「結婚」は、地獄の始まりだった。


殴られて蹴られて痛い思いをするのは、よくあった事。


身に何もつけていない状態、裸で逃げた事もあった。

それでも、夫に捕まって連れ戻された事があった。



後に、裁判の陳述の中で夫はこのような行動をした「精神病」と言った事はなぜか覚えてる。


勿論、裁判の中で私が裸で逃げなくてはいけない状況にあった事は元夫側からは一切言わなかった。



離婚する事を決めるまでに、とても長い時間を要した。


そして、離婚が成立したのは家裁調停から高等裁判まで4年後だった。


その離婚が成立した数ヶ月後に、「DV法」が日本にやっと出来た。




皮肉にも、私の裁判が終わってから出来たこの法律。


あれから十数年が過ぎたのにも関わらず、

日本でのDV被害は減るどころか増えてきている。






どれだけ時間が過ぎても、怖かった記憶と経験の時間の記憶は消えない。





あまりの悔しさに涙が止まらず握りこぶしを力一杯握った自分が、

まるで漫画に出てくるような場面のように、私の頭の中で消えない。




誰にも言えなかった。


殴られても、虐げられても、どんなに悲惨な時も、


我慢して、黙って、時間が過ぎる事だけを祈っていた。




不思議なくらい、「自殺」を考えなかった。


娘を連れて、逃げ出す事だけを毎日考えて耐えていたように思う。



DVと言うと、とんでもない環境や、劣悪な暮らしをしていたのか?と思われがち。



私の場合は、周囲から羨ましがられる暮らしだった。


「いい旦那様で羨ましい」

何ひとつ不自由の無い暮らし、悩みなんか無いのでしょうね、と言われて過ごしていた。




言いたかった。

「助けて」と。



私が娘を連れ、家を出るほんの数日前までは、顔を殴られる事は無かった。


体をどれだけ蹴られようと殴られようと火傷をおっても、服を着れば見えないのだ。


夫婦だったから、レイプは通用しない。


長いあいだ、監禁された暮らし。





自分の意思で何も出来ない暮らしを想像できるだろうか。




舅に押さえつけられ、元夫が殴る蹴る。



それを観て、姑はその間、暴言をずっと言い続けて笑う怒る。




断片的だが、声がでなくなるまで泣いていたように思う。









思い出すには、辛い。


思い出さなくても良い事を思い出す。


辛いから忘れたいのに覚えてる。



PTSDが、いつ完治するのか?






突然聴こえたりした大きな音が怖くて異常な程、反応してしまう。


人が機関銃のように何かを話す言葉に、無言になってしまう。





もう忘れたいな。



こうやって文字にしたら、頭の中から消えないかな。