"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

現実逃避から生まれた想い

女性であり続ける事について。

プライベートではちっとも楽しい事も起きないので、"TVにかじりつく"とは

この事なのか?よくわからないけれど、"現実逃避"したいばかりに

TVで気を紛らわす時間がとうとう7日続いてしまった。



そんなTV生活の中、

絶えず頭から離れない事は、アメリカ大統領のトランプさんの発言。


国内や日本も含め諸外国からも彼の発言には賛否両論ある。


正直な気持ちを言えば、私の場合、客観的に聴いたり観れない部分がある。



理由はとても素朴で、

今から1年くらい前まで、恋愛相手が"US Navy"の人だったという事からだ。



彼は、私よりも15歳年下だった。(えぇ、えぇ、この時点でもう賛否両論以前の問題が山積みよね)

いい年して恋愛に飲み込まれ、それでも最終的に別れを決めたのは私だった。



憎み合って別れたわけでは無かった彼とは今でも時々連絡を取る。(と言ってもLINEかFBメッセンジャーだけ)

勿論、今後彼には幸せになってもらいたいと心から願っている。



実は3年程の恋愛中の間、彼の仕事の事について2人の話題の中に出た事が無い。

ただ、大事な人がいつも危険の中にいるという気持ちは頭から離れた事が無かった(無い。)


1度海に出て行けば、長い時には陸へは3ヶ月程は戻ってこない。

更に、どこにいるのか何をしているのかすらわからない事が通常だった。

彼は、正式な家族では無い私に言えるギリギリの事をクイズのように伝えてくれていた。でも、

私にとってはどこで何をしているかよりも、無事に戻ってきて。それだけが頭に絶えずあった。



誰もが知っているように、今問題のグアムもアメリカで、トランプ大統領の発言は無視出来ない。

日本がターゲットになってもおかしくはない距離感。

日本の島にあるアメリカの土地や住むアメリカ人達。



グアムへ飛ばす(かもしれない)核ミサイルが

日本の島の途中でポロポロ落ちたと、笑えない恐怖が本当はもっともっと現実味があったり、

危機感があってもおかしくないのだけれど、日本の国の対応は各自治体での対応に頼る他無い様子。



話が脱線しすぎた(焦)


そう、私はこの1週間の間に心にあったNavyの彼の事を静かに考えていた。

そうしたら、ふと思ったんだ。


彼を別れる事を自分で決断した時に、もう女性である事は忘れようと思った事をも思い出した。

あれからたった1年。


私が自分の事を自分で管理出来ない事をフォローしてくれるような人に、

もしも、私が死ぬまでに出会えたとしたら、それは人生のパートナーになるという方法もありなのかなと。


ただ、今は、恋愛どころか、日々の暮らしですら、まともに出来ないわけで・・・・



海を観る事を無意識に自分を遠ざけていたというのに、

私は先月からたどり着いた場所の建物の真裏にある運河からは海の匂いが漂ってくるような場所に

皮肉にもたどり着いている。



フナムシ(本当の呼び方は知らないのだけれど・・・)を


今の辿り着いた場所のすぐ前の道や、歩いてる時に見かける事があるんだ。


気持ち悪いんだけど、頭の中では海を連想してる。


時々アスファルトの上に海砂があったりするので、フナムシがいてもおかしくはないんだよね。


(何でアスファルトの上に海砂があるのか?正直不思議なんだけどね。)




そぅ、US Navyの元恋人が "第3次世界大戦が始まる"と言ってから約1年。


笑いながらの返事になったままだったけれど、何となく彼の言った事に近くなっているようで悲しい。


Navyの人達は全てがそうでは無いだろうけれど、自分の仕事に誇りを持っていながらも葛藤していると感じていた。

自分と同じ仕事をしている仲間が命を落としたり、戦う、守る、という事について。



例えが悪いけれど、


一般的な会社員が、上司の言いなりや同僚からの言葉が辛く、仕事が思うようにいかず、


鬱になってしまい仕事を休むという苦しさや重みの


数百倍の重さを24時間365日の間、絶えず抱えながら働いているのだと


いつも笑顔で私と過ごしてくれた彼から感じた事が何度もあった。




「リタイアしたら私と毎日笑って何でもない平和な生活を過ごしたい」と言ってくれていた。


彼らにとって平凡な暮らしがどれだけ大事なのか?を私に教えてくれたように感じる。



戦争が始まったりして、

何も知らないで(あろう)北朝鮮で暮らす子供や力の無い人達が犠牲者にならない事を願う。




アメリカも、トランプさんが戦うわけでは無い。

ミリタリーの人達にとって大統領の命令は「絶対」だ。

何が善で悪なのか?人によって考え方が違うわけで、私自身は今も答えが出ない。



安易に、「戦争は駄目」で片付かない奥深い根深い問題が沢山あると思うから。



個人的な想いは、僅かな時間であったとしても、大事な人がアメリカにいたわけで。


辛い思いや時間を過ごさない事を願う。



明日からまた「現実」がくる。(であろう)

家から出る事すらも鬱な私にとって、1つずつ勧めていこうと思うにあたって、

その"1つずつ"の優先順位すら、頭の中で整理が出来ない事に凹む。

自己破産手続きには2年前まで遡って銀行取引明細が必要って知っていますか?

月曜から木曜日まで仕事へ行けなかった。

4日間。

4日間、熱が出ていたわけでもなく咳が止まらなかったわけでも無い。

ただ「鬱」な気持ちから抜け出せずに家でじっと犬くんとしていただけ。

犬くんのお散歩(10分くらい)は、雨を避けた時間で何とか行けたので、これだけは自己満足。


4日間分の収入が消えた。

救われないな、私って。




昨日は、どうしても今週中(平日)にやらなくてはいけなかった事をしてきた。


「自己破産」の手続きにどうしても必要な書類の中に、

2年前にさかのぼった銀行通帳(記帳済のもの)というものがあって、

私はメインバンクはweb仕様にしていて、通帳が無い。



重い腰をあげて気乗りしないものの、
まず、何とかようやく"銀行"に気持ちが向いた。


プリントアウトするしか・・・・・。

最悪な事に、ボロプリンターのインクが無い事が判明。

次に、馬鹿な頭で思いついた事は、

pdfにして弁護士宛にメール添付してプリントアウトしてもらお

うという甘い考えが浮かんだ。


で。

いざ2年前までの期間を設定してネットで見れると思い込んでい

たのだが、、なぜか、見れず・・・・


口座を開設した銀行へ電話をしてみたところ、"お近くの銀行で確認してもらってください"と言われた。

致し方なく、更に重い腰をあげて何とか1番近い銀行へ行ってみたところ・・・・


ネットで見れるのは、web明細に切り替えた日がポイントになっていて、結果的には私の場合は見れなかったのだ。


遡って1年分くらいしか見れなかったので、お金も無い中「取引明細」なるものを作成してもらう事に。

どれだけ遡っても同じ金額だったので、ちょうど2年分を出してもらう事にした。



窓口の人によっては、連休明けになってしまったり1週間〜10日は最低でもかかってしまうものだったけれど

急いでいる事を説明したら、当日の16:00に再度銀行へ行く事で受け取る事が出来た。

私は、過去に銀行で働いていた事があって、

こういう事はどうすれば早いのか?などの知識はあったものの、

あまりにも窓口の人が良い人だっただけに、後ろめたい気持ちいっぱいで受け取ってきた。

「頑張ってくださいね!」とまで言って下さった(涙)


あぁ、心苦しい。なんて良い人なの・・・・。



メインバンク以外の銀行は殆ど使っていなかったので、通帳紛失で再発行で解決。


ちなみに、住民票は本籍地入が必要だったのに入っていないものを取ってきてしまった。

しかも、それに気づいたのは17:00を過ぎていたので駄目元で弁護士へ送る事に私の心の中だけで決定。



あとは、自分で弁護士から送られてきている書類全てに記入しなくてはいけない。

何で、前へちっともすすまないのだろう。

この書類を受け取ったのは、7月の終わり頃だったので、
ほぼ半月が過ぎてしまった。


これをほおっておくと、自己破産の手続きが出来ない。


そもそも、自己破産をする事となった私は「人」として「駄目」という印鑑を顔に押して歩いて生きるようなものだ。

自分の書かないといけない書類すらも整理出来ない。


少し疑問に思ったのは、もしも身体が不自由だったり、発達障害が重くて理解不能だったらどうなるのだろうか?

誰が変わってこの手続をするの??

弁護士の職権を使って公的な書類は取れるだろうが、銀行は?本人じゃないと駄目なものだった場合、

後見人も家族もいなかった場合、どうなるのだろうか??

ゃ、でも今の私はそんな事を考えている場合でも

立場でも無いという事を忘れては駄目だったね。


そう、、今思い出したけれど

まだ手続きも出来ていないのに、法テラス(法律扶助)の

返済日は刻々と迫ってる。

来週からは、仕事を休まないで行って下さいよね?私。

鬱だろうと、足が無かろうと、働かないと犬くんが困ってしまいますよ?

もう二度とお別れしたくないという気持ちを思い出そう。。。

絶望的?


私が今朝書いた文章を読んで頂いた方々へ。


まずは、読んで頂いた方々へどうしてもお礼が言いたいです。

ちっとも完結に文章を書けないのですが、時間を割いて頂き、読んで頂いて本当に有難うございました。


そして、今日は2回めですが、ここで私の気持ちを書き残しておこうと思います。

何度かここで書いたとは思うのですが・・・・・


私は、Hatena Blogの使いかたをパーフェクトに理解をしていません。


「はてB」も、コメントを残して頂いた方々へ個々にお礼をどうやって書くのかとか、全てです・・・。


私は、こんなだから日常生活の中でも不便な事だらけなのです。


ある方のブログを読み、頑張ってほしいと思える方がいたので応援の気持ちから

その方のブログを私のブログに貼り付けてから私の気持ちや考え方を書いた事がありました。

1度だけでは無かったと思います(これを書いたら確認して削除しようと反省中です・・・・)



その方がTwitterで、自分のブログの内容や絵を自分のブログに勝手に転載してる人がいて

不愉快な思いをされている様子が伺えました。


今日、その方のTwitterを読んだ時に思いました。

絶望的に、私は駄目人間だと。




自分の事も管理出来ない。


他人への配慮も出来ない。


ブログを書く為に必要なルールも理解していなかった。




そして、今日は

病院へ何とか到着した時に、診察券や保険証など一式を忘れてきた事に気づきました。


「1」出来ても、「9」は出来ていない自分の日々に、改めて情けなくなってしまいました。



病院の待合で、涙が止まらなくなってしまいました。


私が涙した理由は2つありました。


こんな駄目人間の私の書いた文章についてのコメントを読んで驚きと嬉しかった気持ちの感激の涙。


2つめは、


自分が書いた文章のせいで、他人を不愉快にさせていたのだと知りトドメをさすような自分が情けなくなってしまった涙。



はてなブログの使い方が理解出来ていないのに、書くなと言われても仕方がありません。

はてなブログでは、誰かの為になる情報を書いておられたり、

文章で生活をしている人だっていらっしゃいます。

見ず知らずの私なんかに、あったかい言葉をかける人達もこんなにいらっしゃった事に心から感激しています。



それなのに、私は日常生活もまともに出来ておらず、

やらなくてはいけない事に向き合えず、逃げてばかり。


そして、ブログの使い方をしっかり読んでから使おうともせず、

ただただ、自分の思いを文字にしているだけで、ちっとも完結でもなく、

誰の為にもなってはいないのだ。



みんな、一生懸命に生きていて、やらなくてはいけない事に向き合い頑張っている人ばかりだ。


私は??

本当に、今日は自分が嫌で嫌でという朝から始まり、絶望的な夜となっています。

ただ、

こんな私の書いた文章なんかをどこかで知って下さって、読む為の時間を割いて下さった事、

コメントを残して下さった方達。


本当に、有難うございました。(社交辞令では無く心から感激しています。)

これも障害?ここ離島?

私を助けようとしてお金を出してくれた友人から、今後二度と同じ事を繰り返さないようにという理由から

家計簿のようなものを作る事や、収支を教えてと言われ続けている事が苦しい。

弁護士が自己破産の手続きをする為に裁判所に提出する為に、私の資産や給料、課税証明書など、

手書きで私が書かなくてはいけないものがいっぱいある。


自分が借りたお金を返せなくなったのだから、これくらいして謝罪する気持ちは当然なのだと頭では理解している。


私を助けようとしてくれている友人に対しても、感謝する気持ちで収支を伝える事も当然の事だ。

それなのに、心が晴れず、死をも意識してしまう瞬間がある。



今の場所へ来てからずっと毎日、毎日、自分自身に問いかけている。

何で?何が不満なの?


やっと雨風しのげる場所で犬くんと同じ家で暮らせるようになっているのに??


バイトをしているけれど、8月いっぱいで終了してしまうことになった。


9月から私はどうやって生活するの??



8月中に9月の家賃を支払わないと駄目だ。

8月にしっかり収入が無いと9月中に10月の家賃を支払えない。



仕事をする為に行っても、交通費がかかって、昼食代がかかっている今の職場には

何のメリットも無い。

日給だと、コンビニバイトよりも時給が低いのだから。


家で何も食べずにじっとしているほうが安いのかもしれない??


いや、もう実は何をどうしたら良いのかわからないんだ。


お金の管理が出来ないから自己破産にまでなったというのに、

自己破産の手続きの為に、過去2年間に遡っての収支や今の収支を申告?


頑張れば出来るのだろうって思う。

ただ、

自分でも情けないけれど、何かを「しなくてはいけない」という状況になると


途端に「鬱」な気持ちになる。

ただの、私のワガママでは無いのだろうか。




9月から働ける場所を探さないといけない。

ネットで仕事を探す。その作業を始めると違う事を初めてしまったり、眠くなってきたり。


何で???薬を飲まないと眠れない日が多いというのに、何でお仕事を探しだすと眠くなるの???


弁護士に提出しなくてはいけない、書類を書く作業に何で手をつけられないの??


届いた時に開けて、中を見た時から毎日気にしているくせに、毎日みる事が出来ないでそのままになってしまった。


パラリーガルから電話がかかってきた時にも電話に出なかった。


昨日、勇気を出して正直に言ってみようと私から電話をしたら、パラリーガルは帰ったあとだった。


伝言は頼んだので、今日電話がかかってくるだろう。(口から心臓が出そうなくらい緊張している)




「こんな事で??」正直、自分で泣きたい気持ちになる。


私を助け、今も助けようと一生懸命に考えてくれている友人からもお金の話ばかりで

お金から逃れる事が出来ない。



お金は、人の心を病ませる力もあれば、喜びも与える力があるね。

私は、犬くんが生きてくれている今はまだ死ねない。


最期まで一緒にいて、必ず心残りなく看取る事をずっと言い続け、願い続け、

やっと二人で一緒に暮らせるようになって1週間。

前向きに、仕事をして日々の暮らしをして、犬くんに精一杯の事をしてあげたい。

贅沢なんか望んでいない。


自分の病院代さえなくて行けない。

帯状疱疹、蕁麻疹を日々痛い、痒いを繰り返し、

鬱だって自分でわかる程度だけれど、自分について何もかも現実味が無い。


まるで、自分を自分の頭の上から観ているかのような?

他人事じゃないのに。



半月前に、今の所へ辿り着き、

犬くんと二人で暮らせるようになって1週間。


もう何十年も過ぎたかのような気がする。


ホームレス生活をしている時は、生きてる気持ちが強かった。

苦しい、辛い、悲しい、寂しい、嬉しい、有り難い、お腹がすいた、喉がかわいた、寒い、暑い、



そんな日常で当たり前に感じる事を体で感じていたように思う。


今、この半月間の私は、毎日落ち着く場所もココロが休まる場所も無い。

お客さんになったような気持ちで毎日いる。

ただ犬くんを観て優しい気持ちになれる。それだけが生きていて良かったと思える瞬間だ。



あっちでもこっちでもお金の事。

もう沢山。

私は、お金の管理が出来ない。


そして、誰も助け続けてくれるわけでは無い。

生活保護を受ける選択をしたら、又、犬くんと別れが待っている。


何をして、何からどうすれば良いか?わからないんだ。


これも私の障害?

考える事に疲れてしまった。


心を休めたい。

入院をするお金も無い。

働けずに、入院なんかしたら、家賃を誰も払えずに全てを失う。


順序だてて、落ち着いて一つずつ解決しよう。(わかってる)

わからない事を紙に書き出してみる(何がわからないかわからない)

考えを整理して動く、行動しなくては駄目だ。(動けない)


必要な書類を集めて(まるで自分が離れ小島にいるみたいに遠く感じて、行けない)

書類のわかるところだけ書いて(最初の項目を読んでいるのに、次の項目を考えてしまう)


結果、書けず動けず元の封筒へ戻してしまう。


友人にお金の収支の報告をして(お金と向き合えないだけでなく、必要だから買う、お金が足りない、報告出来ない、)


病気の事を理解してもらいたいのに、誰にどう説明して良いか?わからないんだ。

ワガママな性格だと言われるだろう。

きちんとやらなくてはいけない事をやらない怠け者だと言われるだろう。


ふと発作的に、死を意識してしまう。

駄目だ、今はこの事を考えて文字にするのはやめる。

いつまで昔を引きずるの??

職場に手に負えないおばあさん(推定65歳以上の方)がいらっしゃいます。

今日は、その女性の事も含めて私の想いを書き残したい。


その女性の口癖はいっぱいある。


とにかく、やたらと「昔」という言葉が登場する。


昔ってどのくらい昔?って聞かれると、「私が20代の頃」と大抵は帰ってくる。



つまり・・・・・


最低でも40年以上も前の話なのだ。



そして、全ての話は大げさで限りなく作り話に近い。


段々、ツジツマが合わなくなってくると違う話を始める。




悪気があっての作り話で無いにしても、聞いている人達の気持ちとしては頑張って昔の話をしているのだからという

気持ちでただ黙って聞いてあげる。



「今」を生きているはずの人が、「昔」の話をするってどうなの??


どんな気持ちなのかな。


私にだって、話の流れで自身の昔の話をしてしまうところがある。

でも、いつまでもその話を持ち続ける事は無い。

何しろ、「今」ここにいるのだから。


最近、その女性が仕事をしている後ろの背中を観ていて涙が出た。

心なしか、仕事をする手が小刻みに震えている事がある。(お年寄りに時々見かける事があるでしょう?)

そして、仕事のミスの連続で結局は私や他の人がやり直すタイムロス。


もしも、この女性が「ごめんね、私が仕事が出来ないからこんな迷惑をかけて」と言えば

きっと誰一人として、嫌な顔をせず代わってくれたはずだ。


でも、この女性はとんでもなく?プライドが高い。

ただの頑固おばあさんだ。




仕事のミスを指摘されると、
「私は絶対に間違えてない!間違えっこないのよ!私は一生懸命やってるんだもん!」と怒り出す。


絶句する事もあるし、なだめる事もある。


そして、何とかこの女性が職場で気持ちよく仕事が出来ないか?を考え、色々な方法を作りトライしてもらっているが

それでも出来ない。

難しい仕事はその方はしていない。

それでも、出来ないのだ。

何よりも誰かの指摘に耳を貸さない。


もはや、救われない。


その女性は今の仕事はあと半月程で任期満了で終了となる。

今後、仕事をしなくても生活が出来るのか?と言えば、出来ないそうで。


ならば、この先何か仕事が見つかるようにと、助言しても、さっぱり耳を貸さない。


先日は、私が思い余って、見かねて、ある方法を提案してみたが、「自分はこういうやり方で生きてきたから!」と怒られてしまった。


「私を陥れようとしてる!」と言われた時には、流石に恐ろしくなってしまった。


コピーもどれだけ頑張っても5分で済むようなものでも、2時間はかかってしまう有様。


その女性がコピー機を使っている間、誰も使えないのだ。


正直、周囲も困っている。

そこで、自分の為に迷惑がかかっていると気づくような人であれば、救いもあったのだけれど、

自分は誰にも迷惑をかけていないと勘違いしているのだ。

一つの仕事を一生懸命している様子は伝わってくるが、その間、周囲が一切見えなくなってしまうのだ。


残念だが、老人性の問題でも、性格の問題でも無いように見受けられる。


何らかの「発達障害」だと思われる。


場の空気が読めない。

少しでも順序が変わったりするとパニックになる。

手が小刻みに震えてる。

食事中でも仕事中でも、大声。


ここで上げると、キリがない。


どうしたものか・・・・



私ね、思うのだけれど、


「昔」にとらわれている人は、いつまでたっても「今」

周囲は見えないまま、お年を重ねてしまい、やがては、

「自分自身」が見えなくなってしまうのでは無いか?と思うんだ。




自分では、「今」に立っている気持ちであっても、行動や言動は「昔」のまんまでいる人は、

自分は、最も普通で、常識的で、周囲に迷惑などかけていなくて、

言動も正しいと思っているのでは無いだろうか?


「昔」の話をいったいいつまでするのだろうか???

やがては、大げさな話になっていくだろう。

周囲の反応が嬉しくて。


そのうち、もっともっとと自分の中のスイッチが入っていて、嘘に限りなく近い大げさな「昔話」となっていくのかもしれないね?


他人の昔の話。

特に暗い過去や辛い経験話は、面白く耳を傾けてもらえるかもしれない。

でも、いつか他人は去っていくと思います。

仕事(お金を頂くという事)は、遊びに行っているわけじゃないと頭のどこかに置いていれば

良い意味で楽しんで仕事が出来ると思う。


他人の辛い過去話、昔話は、聞いている方は決して幸せな気持ちになりません。


どう言えば、ああいう方に伝えられるでしょうかね。


「他人の振り見て、我がふり直せ」



良い言葉だと思います。

お金を貰うか貰っていないかの違い

「自分の好きな事を続けたい。」



日常生活の中では上司がいたり、同僚がいたりする。

その日常の中は、恐ろしい程、小さな世界だと感じてる。

私にとって、「ブログ」というものは、

自分の思うことを文字にして残せる、唯一、素でいられる場所だと思っている。




今に始まった事では無いけれど、

文章や想いを書く事でそれに反論する人、共感してくれる人、コメントを残してくれる人、

それは経験している人のほうが多いと思ってる。


日常生活では言葉にして言いたくても言えない場所があまりにも多い。

私は自分の頭の中に想うことを文章にしてみたり、その日に感じた事を文字にして残しておきたいだけ。



家のお隣の人がどんな人なのか?も知らないそんな寂しい暮らしは本意では無い。

会社で世間話一つするのにも、周囲に気を使い、言いたい事も言えず、

そんな暮らしは私にとって、狭い狭い世界にしか思えない。


「ブログ」をどんな場所にしたいのか?は、人によって違うはず。

私には出来そうにないけれど、文章を書いて成立させている人もいれば、

誰かの為になる情報を提供している人もいて、

私のようにただ、その日に感じた事、日常に感じた事、出来事を純粋に書き残している人がいる。


私は、会った事も観たことも無い他人が書いた文章であっても

毎日、楽しく読ませてもらって、そして時には楽しくなったり、嬉しくなったり、

悲しくなる事もある。

そして、「なるほどー。」と思える情報や他人の人生観を読んでは、自分の人生観も見直せる時間になる。


自分と他人を同じ土俵に上げる必要は無いと思ってる。


私はアップルのCEOと同じ人生では無いし、大雨の中でも、木に捕まっている鳥にもなれない。


私は、「私」でいる他ない。


どの世界にも、マナーや暗黙のルールがあるはず。

ネットだから良くて、普段の日常は駄目というルールは無いと私は思ってる。



私のように、ただ静かに自分の日常を文章にしているだけのような存在は、

自分に対して、真逆の考えや意見をぶつけられたとしても、

反論する必要も無ければ、お礼を言う必要も無いと思ってる。



もし、


私が公の場所(お金を頂いて文章を書く)で自身の意見や考えを言うような立場になったとしたら、


それは、他人に言われた言葉を真摯に受け止めるか、無視するか、反論するか。


どの方法を取ったとしても、自他共に、100%の解決にはならない事を自覚した上で


その立場をスタートしなくてはいけないと思っている。



自分に共感してくれる人だけと一緒に過ごす事は、居心地は良い。

でも、共感してくれる人は24時間を共にはしてくれない。

そして、共感してくれる人が一生を自分と共にいるわけでは無いという事。


自分に共感して寄り添ってくれている人達は、自分が「ゼロ」の位置にいても、

どんなステータスになっても共感して寄り添ってくれるのか?というリスクをも知っていなくては駄目だと思ってる。


何が「正」?で、「誤」なのか?

それを求めるような場所では無いという事を心に起きたい。



自分にヤリを投げてくる人もいれば、ハチミツの甘さを持ってきてくれる人もいて、

そういうどんな人に対しても、一定のメンタルで対応が出来るのかどうか?は私にとってブログを私的なもので続けるか

お金を頂いて半公な文章を書く場にするかの目安になってると思う。


今の私では、ただ自分の想いを文章にして健忘録にしているだけなので

何も考えずに書いてしまっている。


極端に言えば、ただの健忘録であるならば

単純に自分のパソコンのノートに残して文章にして保存しておけば?の思いになる。

私の書いている文章は、たった1人の家族の娘には読まれたくないという気持ちが強いのだと思う。

だから、パソコンに残してはいられない。


そして、次に考えてきた事は、

Hatenaのブログに文章を書く前に、アメブロに自分の日々の出来事や想いを書き残してきた流れで

ここにたどり着いた。

Hatenaの発祥地である京都は、私の出身でもある地だから。


これが大きな想い。


何度か?ブログで衣食住を賄いたいという想いがあった事は確かだけれど、

私にはそれが技術的に?(って言うと自分でも笑えるけど)無理みたいだから諦めたんだ。


ただ嬉しい事は、

こんな私の書く文章を見ず知らずの人達が読んで下さっているというこの現実

本当に心から嬉しい。

私の書く文章、日常について、

中には反論のある人、批判的である人、褒めてくださる方。時間を割いて読んでくださる方。

どんな形でも嬉しいと純粋に思う。



何しろ、

私はプロの物書きじゃないのだから。


時間を割いてまで、読んでくださる人がいる。


この現実に私はどれだけ励まされている事だろう。



私はまだ、生活も安定していないし、居候からホームレスになり、ホームレスから

今は、仮?住まいが出来た。


この期間の間に、どれだけの人達に励まされてきただろう。


文章は、私の心を開放してくれる大事な手段。


批判も、褒め言葉も、どちらも私にとってはプレゼントだと思ってる。


インターネットは世界に繋がっているけれど、

私がここに文章を書いているこの場所は、とても狭い世界だと思っている。

小さな世界だからこそ、喜びはとても身近に感じられる。

逆に批判は、他人事に感じられる。 駄目??

個人情報漏洩

きのう、今日と私はバイトのような仕事を休んだ。

大人ひとりが最低限の暮らしをできない程の時給と、ありえない程のくだらない仕事だ。


私が今バイトしている所、そこは数年前に、個人情報が漏洩され大問題になった。


実際に働いてみて思う。


こんなんだから簡単に個人の情報が漏えいされたんだな


これが正直な感想。





個人情報漏洩と、個人情報守秘義務


当たり前なのだろうけれどいつも、隣り合わせにいるよね。



職員、嘱託職員、契約職員、派遣、

今のバイト先では、自分の職場に携帯を持ち入れない。

いやいや、それで個人情報を守ってると本気で思っていらっしゃる?(職員さんへ



申し訳ないけど、スマホの使い方もろくにわからない人(年代?)やPCの使い方も、もろくにわからない。


そして、

「今のこの時代にですか?」と私は思わず言ってしまったが、
個人情報のデータ紙ベースであちこち移動させている。


紙代、人件費、時間、何もかも無駄で合理的ではない。



確かに、時代がどれだけ進歩していても、最後は人間の手や目によって点検されたりするものもあるだろう。


ただ、莫大な個人情報を扱う職場で過去には数人が記者会見を行って頭を深々と下げ世間に対して?謝罪をしたにもか買わず

「えっ?まだこんなですか???」と誰でも言いたくなるようなおそまつ?な職場。




紙ベースでの個人情報管理は、複写だってやろうと思えば出来てしまう。

私のような派遣やバイトを雇う事自体が間違いだと正直思う。


私のようなバイトは、あくまでも繁忙期のみの無責任な立場となる。


あくまでも、私見ですが、

つまり、無責任な立場だからこそ適当な仕事になる人が出る。


結果、個人情報漏洩に繋がるんじゃないのかな。




もっと、責任を追わないといけないレベルにまで意識を保つような給与や立場にするべきだって思う。


派遣だろうが、嘱託だろうが、正式な職員だろうがそこは関係なく、

個人の情報に触れる仕事なのだから真面目にやろうよ。と、いうのが私の考え。



これは、区役所でバイトしていた時も思った事だ。

一般的に、公務員なども含め今の私のバイト先などは、「お硬い職業」

だと思われている。


いや、違うよ。


硬いのは、頭だけ。


頭が硬いから、新しい事を覚えられない、新しい事を取り入れない、古い世代や考えの人達の中で、若い世代は殆どおらず

古い方法で働く。


もはや、タイムスリップされて来たかのような職場だ。



まず毎朝職場へ行くと、スマホを預ける為の鍵も無い入れ物がある。

そこへ、個人の情報が山盛り入っている自分のスマホを入れる。


そのスマホを入れてある入れ物のあるロッカーには鍵も無いのだ。



働いている人の「個人」の「個人情報」は守られないのは、上役の人間が

スマホの機能をしっかりと知らない人達ばかりだからだ。



もしも、建物内で災害が起きても誰も助けてはくれまい。

だから、私は身に自分のスマホを保ちながらダミーのスマホを毎朝預けてる。


勤務中に、自分のスマホを使って個人情報を盗む気も無いし、漏洩する気も無い。


むしろ、バイトとは言ってもあの職場の環境の今後を心配してあげたいくらいだ。



一見しただけではわからない小さなカメラのついたメガネのある時代。

勿論、会話を簡単に録音も出来る。

そんな時代に、紙とペンだけで仕事?


仮に、私が最悪に悪い人間だったら簡単にその紙を持ち出せる。


その情報にどれだけの価値があって、漏洩した場合、どれだけの被害損額が出るのか?考えるまでも無い。



だから、私は今でもマイナンバー」を受取拒否をしていて、

住民票の開示も私以外にはしない手続きをしている。


個人の情報を守るのは、公的な機関に頼らず自分で守らないと駄目だという事を

痛い程、実体験してきている。



私のようなDV被害経験のある立場だとそこまでしなくてもと思われる程であっても

必要以上に自身や家族を守る事にとことん必要性を感じる。



他人でも条件さえ揃えば、住民票の取得も安易に出来てしまう時代。

他人の電話番号であっても、調べれば住所がわかってしまう時代(ストーカー被害にあっている人も要注意)


自分の身を守れるのは、自分しかいないのだ。


警察は、事件が起きたらやっと話を聞いてくれる所。



昨日、今日と体調を崩した為に休んだ職場だけれどいつかは転職しなくてはいけないだけに、

休んでいても落ち着かない。

自分の収入を確保する為に、頭が休まらない。


やだな。

自分の悪いところではなくて、他人の駄目な事ばかりを指摘してしまう自分の頭の中。


明日は、出勤したい。

熱っぽい風邪で喉も痛いから、本当は病院へ行きたいけれど、お金は無い。


仮に私が倒れても誰も助けてはくれない。

犬くんの調子が悪いというので、娘の家へ雨の中、今朝来たら娘から相も変わらずな暴言。

犬くんを早く私の暮らしと一緒にしてあげたい。

穏やかな老犬の暮らしにしてあげたい。

老犬と言えど、夫でも娘でも無いけれど、何よりも大事な命だ。


目がしっかり見えず、動きのある方や明かりのある方向を観てる。


お耳が遠くなっていて、私の呼びかけなのか娘の声なのかがわからなくなってきているが、

私が近くまで行くと、一生懸命にしっぽを振って喜んでくれるんだ。


久しぶりに犬くんと今は留守番中。

今日は、体調が私も悪いのでこのまま娘宅に泊まり明日は、娘の家から出勤しようと思う。


1日でも1分でも早く犬くんと私の心が晴れますように

自分に素直に生きたい

この方はブログを書いている人であれば殆どの方が知っているプロのブロガーさん。


私がこのブログに文章を書いてみようと思ったのは、この方のおかげ。

おかげというと、何か変。

噛み砕いて書くと、私が夢みて憧れた生き方をしている方なのだ。

ブロガーである前に「人」だと思えたから。

以前、お話をさせて頂いた事があってからはそう思えるようになった人。


結婚されて子供さんが産まれて家庭人となり高知へ行かれてからも、ずっと安心して読める文章を書く方だ。


何もかもが私の理想を実行されている方。



イケハヤさん(この呼び方は慣れ慣れしくてすみません)の前で、

いい顔をして、裏では貶しまくっている人がイケハヤさんと笑顔で記念撮影しているのを

見ると、吐き気がする程、裏表のある人に対してウンザリな気持ちになる。


私は、自分にメリットのある人としか絡まない人間が大嫌いだからだ。



そういう人達を腐る程、観てきた。



ホームレスという経験をして理解した事の中に

誰が本当の友人で、誰が私のステータスに寄り付いただけの人なのか?を痛感した。


イケハヤさんが今のように有名になる前から彼の書く文章や、彼の行動、言動について賛同していた人は

きっと今も近くにいらっしゃるのかもしれない。



そして、

有名になってから彼の周囲に寄り付いた人達は、ステータスを利用してるだけだという事を

誰よりも早く気づき、ウンザリしておられるのがイケダハヤトさんなのだろう。



私は、私自身をジャッジするような人間と一緒に過ごせないから

有名ブロガーさん達の苦悩は測りしれない。




私にとって「文章」とは、


自分の部屋に1人で過ごしながら安定剤を飲んでいるような時間だ。


そんなだから、お金は1円も得られない。

何も考えずにただ思った事を書いてるだけなのだから、当然だ。


私の初恋の人は高知の宿毛市という場所の出身で、高知へは距離は遠いけれど

心の中ではとても身近な思い出の場所だ。


京都で暮らしていた時には、高知も含めて四国一周、自分の車で数日かけて

よく行っていた。


行っていたから言うわけでは無いけれど、四国はどこも良い場所だって思う。


景色も、食べ物も、人も。


どこへ行っても、自分と気の合う人ばかりでは無いだろう。

ただ、私にとって四国は大事な思い出の地。


初恋の人も私と同様に歳をとっているのだろう。

今、どこで何をしてるのかな。



あれ?

私は何を書いていたのだっけ?

離れる期


私のブログを読んで下さっていた方の中にはフォロワーさんでは無くなっていた人が結構いた。

私がしばらくブログに何も書けなかった間にだ。


ブログが、生きる為の収入にしている人にとっては、私のような思いつきで書いてる場所にとどまる理由など

無いのだろうなって思う。


「読者になる」という機能は、至ってわかり易い。


つまり、私に利用価値があるか無いか?だろう。

もしも私が多くの読者さんのいるブロガーだったら?

自分のところにも飛んできてもらえる事を見越して「読者になる」を安易にプッシュして行く人がいるのかもしれない。


だからこそ、思う事は

完結にも、そして面白おかしくも書けない文章を、読んで下さっている方々には心から感謝してる。


大半の人は、悲しいけれどメリットの無い人と絡もうとしない。


私は、失うものも無く、得る事もそれ程、人並みに期待していない。

だから、純粋に思った事、感じた事、経験した事、今、身に起きている事を書ける。

今後もこういう場所が必要だと思う。


私の書く(残す)文章について、

共感して下さっているか?不愉快に思われているか?正直わからない時もあるけど

私が何よりも嬉しいのは、会うことの無い人が時間を割いて私の残す文章を読んでくださるというその行為。


お金には変えられないからこそ有り難い。



正直言えばブロガーで食べている人達は、凄い!って尊敬してる。

文章を書くのが好きな私にとって、憧れの職業だ。


体調が悪くなる事も無い、家の中やカフェやどこでも良い、自分が好きな場所で文章を書いて

お金を得て、衣食住を得る事が出来るなんて憧れのまた憧れの職業だ。


だからこそなのかな。


1円にもならないこの文章を読んで頂いている方々に心から感謝してる。

たぶん

とてもとても久しぶりの「ブログ」オープンした!!


更新が出来ませんでした。

自分の心のうちを文章に出来ない日々ってかなり疲れています。


本音を出せて、現在を文字に出来るなんて、何て凄い場所なのでしょうか!!


ただ、気づけばもう7月も終盤ではないですか!?(焦)


で。

私の近況はと言えば・・・・



まだ生きてます。

ホームレスかどうか?と言えば、ホームレスではありません?(たぶん)


新しい住処に辿り着いています。



新しい住処に住み着いて、2週間めに突入しました。



実は、まだ落ち着きません。


そして・・・・

自分の命よりも大事な家族の犬くんですが、

まだ1度だけしか来れていません。


しかも、数時間だけの滞在でした(涙)




7月に入ってから、色々な事が次々に起きていて心身共に、フラフラです(涙)


いぇいぇ・・・それ以前までもフラフラでしたね(涙)




それでも、やっと?居候でもなく、カプセルでもなく、
外の公園でも無い場所で眠る事が出来る住処にいます。



あ。ただ・・・・
ネット環境だけは相変わらず無料wifi

使わせて頂いてます(焦)


ホームレス生活が完全に解消されて何ら問題の無い人間らしい暮らしになるまでは

まだもう少し時間がかかりそうです(涙)


でも。

暑い、寒い、雨、雷、こういうものから守ってもらえる場所があるという事だけで言えば、

やっぱりカプセルホテル同様、有り難い場所です。


雪だるま式に、人が生きるだけでこんなに問題を次々と抱えているだなんて。


誰の責任でもなく、自分が招いてしまった道なのでしょう。


誰も悪いわけでは無いと言えば、当人である私も悪くないような気もします。



誰かを恨むかどうか?


誰だろう?

多分・・・・

ただただ・・・・・

「今」「今日」を終わらせるだけで

いっぱい いっぱいなんだよ ワタシ。

ガンバレ ワタシ