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"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚した女のその後の人生

裁判離婚と子供への影響

今日、ある方に私が裁判離婚に4年費やした事を話す事になった。

 

裁判離婚と戸籍に残る事は、裁判で勝ち取った側にとっては

オリンピックで金メダルをもらったような、いやそれ以上の重みを受け取れた気持ちに

なるのではないだろうか。

 

私は、今も戸籍に「裁判離婚」と印字で出てくる事が名誉のあるものだと思ってる。

 

協議離婚は、お金もさほどかからない。時間もかからない。

人によるけど。

 

弁護士費用を考えると、協議離婚のほうが圧倒的に時間も短縮出来るわけで。

 

でも自身に勝利の確信を持っている人なら、

どれだけ時間をかけても、法律扶助の申請をしてでも、裁判で離婚したら良いと

私は個人的には思っている。

 

我慢して、子供の為、教育費の為、世間体の為、自分が自立する状況が整っていない、

そういう事を思い浮かべて留まれるのであれば、離婚を考える必要の無い状況なのかもしれない。

 

本当に、子供の事を1番に考え、自分が立ち上がれない程メンタルが弱まってしまった時に、いざ離婚をと考えても、行動力は半減以上になっている事を冷静に計算したほうがよかったと私は今でも思う事がある。

 

あの逃げ出す事は、長い目で考えれば、最後のチャンスで逃げだせたんだ。

逃げる事は悪い事じゃないと思う。

自身のためになることは、イコール、子供の笑顔のためになるから。

 

経済的な面で自立出来ていない人は、特に、夫の収入をあてにしているわけで

躊躇してしまう事もものすごく理解出来る。

 

ただ、自分が動ける余裕をかなり多めに見積もるべきだという事は私の経験上言える。

 

子供が小学生になるまでは、とか、子供が学校を卒業するまでは、と

時間を延ばせば延ばす程、子供の心に大きな傷を残してしまう。

 

いつか、子供は自分のために我慢していたのか?

 

自分を責め、自己肯定感の少ない気持ちが生まれてしまう事も大前提においておかなくてはいけないと思う。

 

経済的な事はあとからついてくる。

餓死する事は、まずない。そのくらいの気持ちの強さで子供を自力でささえなくてはダメだ。

親であっても、一人の人間で、完全ではなくて良いと私は思ってる。

 

子供にとって、完璧な両親というのは逆に重く感じる事だってあるだろう。

親は立派なのに、私は何で出来ないのか?悩む事が出るよりは、

親が出来ていない部分は、正直にさらけだして、頑張っているどりょくしている、

そういう面を見せたら、子供にとっては、結果よりも

親が努力をしようとしている姿だけが記憶に残り、自分自身も頑張ろうと思える。

 

これにお金はかからない。

 

努力している姿を見せるだけだから。自身の将来のためにもなる。

 

育った環境って、ずーっと時間の後の先の先のずっとずっと後になって影響していた事の結果がでるはず。

 

良い事も、悪い事も。