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"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚した女のその後の人生

不自由

最初は、何とも思わなかった。

そう、何ら不自由もした事のないお嬢様育ちの人がガンになった。

子供の事も家事の事もお金の事も心配なく、ガンの治療に専念できるなんて

それこそ、私にとってはあまり聴きたくないような世界だなって思っていた。

 

でもね、

今日はなんか違った。

 

彼女は、何一つ不自由が無い暮らしをしてきた人なのに不自由なんだってことを

書いてあった。

夫は自由が無い暮らしなのに、自由だって。

 

 

この言葉は、経験した人だから言えるんだなって思う。

 

私のように、お金にも精神的にも人間関係にも、何もかもが不自由で生きてきた

者にとって、今、私がガンになったら??

治療費どころか、入院費もなくて。通院費用?そんなものもなくて。

ただ、死を待つ以外に方法は無いんだ。

 

そしてね、誰も悲しまない。

 

私の事を一生懸命おもってくれる、たった一人の家族である娘は、

私がガンになったら?

私は、言わないだろうな。

 

苦しみ、のたうちまわって、最期をどこかで迎えるのかもしれない。

 

もし、私がガンになったら。

 

日本中の人が応援してくれたり、

周囲の人が日常のお世話をしてくれたり、

安心して子供の事も任せられたり。

夫が、愛してると心から言ってくれたり。

 

どれ1つ、私には無い。

 

だけど、今日思ったのは、

彼女は、頑張ってる。不自由を味わってる。

お金の心配しなくったって、きっと毎日毎日子供に会えない不自由さを

悲しんでるって事、私はわかる。理解できる。

 

私には、娘しか家族がいない。

 

この世で、家族が娘だけ。

この状態って、幸せ?寂しい?

時々考える。

今の私は、きっと幸せなんだって。

でも、私がいつか死を迎えたら、娘は、この地球の中で家族と呼べる人が

いないかもしれないんだ。

 

私が生きている間に、仮に結婚したとしても。

それは他人だから。

娘に子供が生まれたら? 私が良しと思わないような夫が出来てその人との間の子供が

できたら、娘にとっては血のつながりのある「家族」なんだよね。

 

今年の6月を私は一生忘れる事はないと思う

ごめんね。

ママがしっかりしていないからだよね、何もかも。