"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産申請中←今ココ)

母親という生きかた

私の中にボランティア精神が強いのか?

ただの、おせっかいな気持ちが強いのか?

もしくは、ただの知りたがり?

 

自己分析なんかする必要ないけど、

本当に自分の行動や考え方がいちいち面倒くさい。

他人の生活なんか、どうでも良いって何で思えないのかな。

自分の事を1番に何で考えて生きてないのかな。

 

今の私のおせっかい?は、

若い頃(大学生)からリストカットや薬を大量に飲んでは自死に進もうとしたり、

一生懸命働いて自立したいと思っても、母親が100%は認めてくれない事で悩んでる20代後半の女性の話。

お金が足りないと風俗で働きだした。

妊娠がわかり、堕胎をする事になったが手術をするお金を従兄弟に借り病院へ行った。 

しばらく仕事が出来ない間、実家へ帰ると話していたが、従兄弟から話が母親の耳に入り、一人で生活も出来ず堕胎までして、お金を借りるなんて事になるなら

実家に今すぐ戻りなさいと母親から言われて、今は結局母親の家に戻っている。

まだ1週間も過ぎていないけれど、

母親が娘の事が心配でならないのはよくわかる。

ただ、過干渉。誰の子かわからないのに、産んだらお母さんが育てても良かったのにと

言ったと聴いて、私は正直、お母さんのピントがずれていると感じた。

 

孫になったかもしれない子の気持ちを考えていない。そう思ったから。

 

娘はもう30歳を目前にして、自分の足で歩こうとしているのに。

何度もリストカットを繰り返しているのは、自分が生きているという事を

確認したくて、自分の存在を明らかにしたい、そんな気持ちからきて取ってしまう

行動の1つだ。

風俗。

これも、自傷と似ている。

自分の体を傷つける事で、母親に認めてもらいたい。

そんな、幼稚な考えや行動でしか自分を表現出来ないのだけれど、

まず、苦しいけどその女性が、仮にホームレスになって母親を頼るくらいになったら別だが、生活が苦しい、就職してもすぐにやめてしまう。

そのイガイガな苦しさの中でももがきながらでも、独りで歩こうとしている事を

認めてあげてほしいって正直思う。

 

もう独りの女性は、50歳目前にして

3人の子供を育てているが、子供を可愛いと思えない人の事。

お金も与え、塾へ行かせ?学校も出してと考えて口も出すが、

肝心の愛情表現をしない。

 

食事、家、服、学校、

これを与える事は確かに大変。

だけど、何よりも大事なのは、「愛情表現」だと思う。

 

いつも男性に依存している母親を見て育ってきた3人の子供達の事が本当に心配だ。

占い、スピリチュアル、それを信じ切って生きてる。

それを商売にしてお金が手に入っているだけに、子供達も何も言えないだろう。

 

占い、スピリチュアル、宗教が悪いとは言わない。

 

ただ、人が生きていく道のりの中で、

母親からの愛情がしっかりと心のどこかである人生と、そうでは無い人生では

進む道も、考え方も違ってくる事を理解してほしいって思う。

 

過干渉に愛情表現をする母親と、

愛情表現をしない母親の2人の女性の人生は、180度違う。

環境も、何もかも違うので、比較できる事では無いが、

いつも、共通する事はそこで育つ子供の事。

 

私が立派な母親で無い事は自覚がある。

むしろ、頼りが無い適当な母親だと思う。

ただ、距離感が大事だという事を頭においている。子供と母親。

 

愛情表現に決まりも正解も無い。

 

きっと、他人の家庭の事を考えるだけでも、おせっかいだってわかってるんだけどね。

私が暇なわけでも無いんだけどね。

優先順位が違うのもわかってるんだけどね。