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"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚した女のその後の人生

帰る家が無い

「何であの時に、死んでしまわなかったんだろう私。」

がっつりと自死しておけば、ここまで娘を苦しめる事なんか無かったのかな。

迷惑ばっかりかけてごめん。

 

心の中でそう思って、頑張ろうとしても、信用もなければ信頼もされない。

なぜなら、私がいい加減な親だから。

 

娘を妊娠したとわかった日が11月5日だったんだ。

きっと、「イイコ」が生まれてきてくれるんだねって語呂合せをした。

 

私は、無計画でも何でもなくちゃんと結婚して好きな人の子供を産む事が出来た。

子供の為に、必死で勉強した。

陣痛が始まってもつわりがひどく、吐きながら2日間かけて、難産で出産した。

 

あと数時間待って、この子が出てこれなかったら、帝王切開にしないと母子共が

命に関わると言われて、赤ちゃんがとにかく助かる方法をお願いした。

 

当時は、インターネットなんかなくて情報は全て育児書だった。

妊娠から出産、全て独りだった。

 

頼れたり、教えてくれる母親もいなくて、姑や舅、小姑は意地悪ばっかりで。

夫はちっとも頼りにならなくて。

 

まだ若かった私だったけど、とにかく一生懸命に育児に専念した。

2、3時間ごとに母乳をあげる為に、睡眠がとれずに、とうとう、倒れた事もあった。

それでも、誰かが助けてくれるわけではなくて、一人で頑張った。

 

そして、娘が6歳になってから私と娘は2人での暮らしが始まったんだ。

娘は、それまで何一つ不自由なんか無い暮らしだった。

私が、全てを奪ったのだと思う。

 

ただ、娘にはわかってもらえる日がくると信じてたんだ。

彼女の人生を左右するような環境だと、父親が悪い人だと言いたくなかった。

彼女のこれから長い未来のある人生に、この環境が良いとは思えない。

私が行動起こさなくちゃいけないんだって思い込んだ。

 

そして、20年。

 

色々あったけど、頑張ってた(つもり)だったんだ。

でもね、

娘も頑張ってくれてたんだよね。

彼女の存在が無かったら、私は今生きてなかったから。

 

でもね、ずっと娘は私の愛情が重かった事で苦しんでいたんだよね。プレッシャーで。

 

彼女を100%信頼しているし、100%尊敬もしてるし、何を選択する事も

彼女の事を信頼してきた。

たとえ、それが世間からずれていても。

彼女の事を否定したくなかったから。

 

だけどね、

こんなママだからさ、娘が辛い時に助ける事も出来ない頼りの無い親だったんだと

痛感してる。

物理的な面、環境ってそれほど大事って事だから。

 

彼女が、体調を壊したら、ゆっくり休みなさいと言ってあげられるほどの

私に全ての器も余裕も無かったという事。

もう、ずっとそうだ。

 

だけど私はバカだから、また懲りずに、頑張ってみたいと思ってしまう。

本当に、懲りないバカなんだよね私。

 

娘にとって、ただ生きてさえいたら子不幸では無いと思い込んでいた私は

救いの無いバカだって、痛感した。

 

そう、だから今思えばあの時にしっかりと消えてしまうべきだったんだな。

 

生きたくても生きられない人だっている。

自死を考えている時に、そんな気持ちを考える余裕なんか隙間も全く無かった。

でも、

今は違う。

 

生きたいのに、生きられない人。

ただ生きていてほしいと願っているのに、親を失う子供の事。

 

そう考えると、私の気持ちは、頑張ろう!っていう気持ちが勝ったんだ。

もうあと1週間もしたら、新しい仕事が始まって環境も変わる。

生活週間も変わる。

 

12月にお金が貯まるとは思ってないけど、何とか年末までに

娘の家から犬と共に娘に感謝して出る事を伝えて出る気持ちだった。

 

その後の事を何も考えていなかったわけでは無いけれど、

娘は、もう私が心配で信頼も出来ず、私の事なのに、

親がしっかりしていない事を苦しんで。

 

異常なまでに、一人っ子なうえに、親戚もいない、私はいずれひとりぼっちになると

恐れている。

たったの25歳で。

 

でもね、彼女は結婚もしない、子供も持たない。そう考えてるから。

 

私がいなくなったら、自分も生きている意味が無いと言ったり。

とても彼女にも私にも今年は辛い事があったから、もう生きていたくないと言ったり。

 

手を差し伸べても、その私の手が見えないんだよね。

そのくらい、私の存在が、彼女の今をおびやかしたんだと考えると、

苦しい。

 

私こそ、もう生きていたらダメなんじゃないの。