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"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚した女のその後の人生

姥捨山(うばすてやま)

娘がいない間に、寝てしまおうとたくらんではみたものの

熱が下がったら、起きてPCに電源を入れてしまいました。

 

他の人のブログを少し読めました。

 

本当に、一人で想う事がいっぱいあります。

他人と、自分の人生は比較なんて絶対に出来ないものなのに

私なら、どうする?

この人の人生ってこのあとはどうなっていくのだろう?とか。

 

いや、もう他人の人生の心配よりも私の日常生活の明日、あさってですら

見通しがたっていないのに。

娘が、怒ってみたり。

機嫌よく話をしてくれたり。

 

考えたくないけど、彼女は軽度のADHDなのかもしれません。

 

とても感性の濃い部分もあり、25歳という年齢では考えにくい言動や行動をしたり。

彼女自身も、自分自身を扱う事、生き辛さを感じている事は

母親として、見えています。

 

見えていても、何かしたほうがいいか、何もせずに見守ったほうがいいか。

 

でも、私自身についてはどうなのか。

生まれた時から何か障害があったのか?なかったのか?

生きてきた環境で、こんな生き辛いと感じる障害が増えてきたのか?

正直、わかりません。

 

ただ、娘については認めたくないっていう部分と

助けてあげたいという気持ちと、

私が一生近くで守ってあげられるわけでは無いのだから、生きる知恵を

自分でつけたほうがいいと想う気持ち。

 

二人で一緒にいると、本当にありえない程、くらだらない理由で言い合いに

なる。

そして、私は黙る。 

黙らないと終わらないから。

 

反抗期、思春期、母親への甘え。

ただ、そういう理由だけなら良いのかもしれないけれど、年齢を重ねるにつれ、

彼女のパパである人からのDVを思い出します。

 

私の命よりも大事な娘。

世界中を敵に回してでも一人で守って育てると決めた娘。

 

その娘に、私が殺してしまいたいとさえ想う事のあった元夫やその家族と

重なる事が少しずつ増えてきます。

 

そんな気持ちになる時、決まって自分を責めます。

 

娘は、産んでくれと頼んでないと言った事も何度かありました。

責任が持てない、(離婚した事を含めて)のに何で子供(娘)を産んだりするの。

 

そう泣きながら怒った事もありました。

私が一人で一生懸命育てたつもりでも、娘は

友人に、私の事を「毒親」だと言ったかもしれません。

 

心の中で、娘は、私を嫌っていて大好きで混乱しています。

捨ててしまいたい存在なのに、近寄ってきたりするから?

24H一緒にいてとも、365日一緒にいてほしいとか言った事はないのに、

娘は、私が頼りないから守らないと助けないといけないと思い込んでいます。

 

勿論、私は立派ではありません。

私のどこを切り取っても、いい加減だし、社会で通用しない人間だし。

娘は、こんな母親を母だと認める事も苦しくて、こんな親が親戚もなく生きているだけで、一般的な結婚なんか出来ないと言います。

 

残酷な言葉を娘は、淡々と言います。

でも、それは全て私への甘えがあるからだと思いたい。

憎いと思っている裏で、姥捨山へ捨てに行く事も見捨てる事も出来ない。

 

だから、私は生きてるだけで申し訳ないっていつも娘に対して思うのでしょうね