"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産申請中←今ココ)

2人+2人

今朝?午前中、少しだけ職場の人の事を書いてみたんだけど。

 

何だか、本当に気の毒な気がするんだよね。

 

正直、何歳なのかどんな暮らしをしてきた人なのか?わからない。

 

でも、きっと心の貧相さは半端じゃないなって。

 

いい年した大人が、面と向かってよく知らない人に

「あんたの事嫌い!」って言ってみたり、

よく知らない人に出会い系で婚活してると、職場で言ってみたり。

 

私は、正直自分が貧相だって思ってたんだよね。

 

何で私はこんなにもアンラッキーばっかりなんだ?って。

悪い事ばっかり起きるの?ってそう思っていたんだ。

 

でもね。

 

1週間にその2つの出来事の中で、2つの良い事もあったんだよね。

 

私はまだ生死を考えるほど、アンラッキーな人間じゃないのかも。って。

 

心がふとした瞬間に壊れて、ビルから飛び降りてしまうんじゃないだろうか?

発作的に人生に疲れすぎて、線路へ飛び込むんじゃないだろうか。

自分をどこかでそんなふうに客観的に考えてしまっていた。

 

娘とそんなに年齢が変わらない子に、

仕事を教えてもらっている研修中の今の私に、

「●●さん、一生懸命やってるのはすっごく伝わってくるんですよ。だからね、

このペットボトルを例えにすると、一部の部分しか見えなくてぐる〜んって回り全部が

見えなくなっていっぱいいっぱいになっちゃってるって思うんですよね」って。

 

いや、もう本当、そのとおりで。

 

目からうろこ?こういう事じゃないかなって思った。

 

私が20代の時に40代の人にそんな親切な言葉言ったりしなかったし、面倒だったら

言わなかったなって。

 

有り難い言葉だったんだよね。とっても。

さらって、そういう言葉を言える子と、影で悪口言って私の前でいい顔だけする人とでは、人生の濃さが違うんだなーって私くらいのおばさんになると思う。

 

純粋にそう思った。

 

愚痴を言った時も、違う子なんだけど、

「愚痴はね、たまにはいいけどいっつも言ってたらダメっすよ。何でかっていうと

それを聞く人がいるから」って。

 

いやぁ、これも穴があったら入りたくなるような的を得た言葉だった。

 

だよね!

そう純粋に思えた。

20代の若い子にそんな風に言ってもらえる私は幸せなのかなって。

 

面倒くさいおばさんに、わざわざそういう言葉を言ってくれた2人の子の事を

私は一生忘れないだろう。そう思った。

 

何でだか、純粋にそう思った。

 

だからこそ、一人はいい年したおばさんが、あんた嫌い!って言ったり

出会い系で婚活してるって友達いないって言ってる人達を見て

考えさせられた。

 

そっか。

私は、まだまだ救いの手を差し伸べてあげようって人がいたんだなって。

 

こういう事って比較するところじゃないんだけど。

ただね、まだ生きていていいんじゃない?って思えたんだよね。