"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

ミゾオチを殴られるとどうなるか。

実の私の命よりも大事な娘の事を悪く言うつもりは無い。

ただこの身に起きている事、考えても答えが出ていない事、私独りで娘に対して

これからどう接してあげる事が良いのか。

考えても考えても最適な答えが無い。出てこない。

 

彼女は、物事や自分以外の人が思うように動かない時にイライラしたりする。

物理的な事もこうして今、私と犬くんが居候する事になって早くも3ヶ月だが

家の中の物、家具、生活のサイクル、全てが彼女の思い描いている事が違っている今、

彼女はとんでもなくストレスと戦っていて、時には自分を責め、時には私に当たり散らす以外他無い。

そういう事にしてしまったのは、この「私」なのだ。

 

本当は、こんなに長期的に娘の家に居候するという事は考えていなかった。

年内には、私と犬くんの住む家が空いて(娘の住むマンションかその近辺で)そこへ

転居。そうなる予定だった。

 

誰も悪くない。きっと。

 

娘は、私に居候を勧めてくれた本人だ。

半分は、そう。その半分は、2ヶ月が過ぎたら、容赦なく出てってもらうと。

そこから始まった。

でも、2ヶ月を待たずして、いろいろな問題にぶつかり始めた。

 

まず、私が無職であった事。

家探しをしていた不動産屋さんが、詐欺まがいで私を騙していた為に、時間と

個人情報だけが独り歩きしてしまった事。

ここに、

時間の無駄以外他にない。

 

許せないけど、そこにエネルギーを使うよりも1日でも早く娘のストレスを解消して

元の生活に戻してあげないと!そう思う事にした。

 

そして、11月から私が新しく仕事が決まって頑張って毎朝6時に起きて満員電車にも

めげず、意地悪社員や派遣の人達にもめげず頑張ろうと思っていた。

 

家が決まるまでは、どうしても仕事を失うわけにはいかないから。

そう思って頑張ってた。

 

そう。

私の所属している派遣会社の営業担当が本当に頭が悪くて、

私が職場でイジメを受けているのでアドバイスが欲しい、もし他に職場があるのであれば、移動させてもらいたい。そうお願いした矢先に、いきなりそれまで職場へ入っていった事が無かった派遣会社の一営業担当者が現れた。(仕事中に)

 

結果的には、私へのイジメがひどくなって。辞めようと思った最後の日は

みぞおちを蹴られた事だった。

何も私はしていない。

言い返す事も、逆らう事も。無抵抗でその場に座り倒れてしまった。

背中を蹴られたり強く叩かれると、息ができなくなるが、

ミゾオチを蹴られたり強く叩かれると、これまた息ができなくなってしまうんだ。

 

もう何十年も前に経験した事なのに、まさか職場の女性にそんなめに

あわされるなんてね。 悲しかったし悔しかったけれど辞めるを選ぶ以外なかった。

 

私の娘。

彼女のパパも、外では絶対に他人に嫌われるよなタイプでは無かった。

その分、ストレスやちょっとした事を全て私にぶつけたのだと思う。

 

娘は、ほぼ同じ。

彼女は、何も悪くない。彼女自身、本当に苦しんでいるから。

自分自身が生まれてなんかこなかったら良かった。

なんで私なんか産んだのよ!無責任にこんな人間を産まないで欲しかった。

 

この言葉が頭から離れないまま、彼女の目をしっかりと正面から

見れなくなってきた。気づいたらこうなっていた私はダメな母親だなって思う。

 

PTSD」 私にもしこの症状が出ない人間だったら。

きっと、娘にもっと何か良い方法や助言をしてあげる事も出来ただろうし、

決まったばかりの職場を辞めたりもしなかっただろう。

向かって行って言い返す事も出来たのかもしれない。

悔しい。苦しい。

 

この週末に、トランクルームの事を見に行って決めてしまおうと思う。

そして、荷物を一旦入れて。

私と犬くんの身を今後どうするのか?もう少しだけ時間がほしい。

仕事が決まっていない状況で、京都へ転居する家を借りる事が出来ない。

このまま、都内で生活をしていくのであれば

とにかく家が無いと。そして家を借りて毎月家賃を払っていくのであれば

仕事を又改めて決めなくてはいけない。

 

トラウマってよく耳にする言葉になったと思うけど、

私にとって、この言葉ですら聞こえてくると苦しくなる。

 

私は、そんなんじゃない。

私は、もっと強くなれるに違い無い。

全ての事をポジティブに考えたい。

いつ人生が終わっても後悔しないように、自分の願いを1つでも

叶えてから最期を迎えたい。

 

こういう考え方を娘は、毛嫌いし私を軽蔑し批判し暴言で終わる。

寂しい。

きっと、娘も寂しいんだ。