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"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚した女のその後の人生

教師の家庭の問題?

 去年12月のこの記事を読んでいて、今でも忘れられない出来事があるので書いておこうと思う。

まずは一言、

この問題はどれだけ年月が過ぎても変わっていないと感じる。

「教員」「教師」

「先生」と呼ばれる、

この仕事を選ぶ人達はいったいどのような希望や願望、夢を持って

この職業を選んだのだろうか。

 

子供達の問題、保護者の事をモンスターペアレンツと呼ぶ。

過干渉な親は確かにどの時代にもどの場所にもいる。子供達は、親と一緒にいる時間よりも多くの時間を「学校」という場所で過ごす。

 

子供の性格、親の性格がそれぞれ違うように、

教師も個々に性格も違えば考え方、行動も違う。

 

私の娘は中学校の時に、男性教員から制服の胸ぐらを捉まれ怒鳴りつけられた翌日から

学校へ行けなくなった。

外出も出来なくなってしまった時期があった。

ちょうどみんなが高校受験が始まる大事な1年が始まったばかりの頃だった。

 

ある日娘は、友達と廊下で紙風船を作ってポンポンと投げっこをしていた。

その時に、たまたま廊下を通った男性教諭が娘の所へいきなり来て、胸ぐらを掴んで

180cm以上身長のある男性教諭の顔の位置まで持ち上げられた。

 

周囲にいた友達たちがあわてて、止めに入ってくれたが娘は恐怖心で泣き出してしまった。なぜそうなったのか?理由がわからずとにかく帰宅してきた。

翌日、その男性教諭の授業を娘のクラスの子達がボイコットをするという事まで

起きてしまった。

私は、娘からの事情しか聞いていなかった為、学校へ連絡をしてまずは担任に

何が学校であったのかを聞いた。うやむやになってしまった為、

校長(女性)にも確認をした。校長は、その男性教諭の取った行動は明らかに悪いと。

たまたま、その時に廊下を通ったほかの女性教諭が証言してくれたとの事。

 

だが、肝心のその男性教諭から連絡をもらったのはこちらが散々、連絡を取り回った後だった。

娘は受験どころか、学校へも行けず、外出をしようとすると吐き気を催すような不安定な状態になっている事も校長を通じて伝えた。

 

自宅へ謝罪に来たのは、学年主任だった女性教諭だった。

娘は誰にも会いたくないと言い私も、正直その男性教諭から直接話を聞きたいと申し出たが、校長が首を縦にはふらず。

 

教育委員会へ連絡し、相談をした。

教育委員会と、女性校長は普段から仲が良かった事もあり先を越されていた事を

後から知った。

問題の男性教諭は完全に守られ、中学校は教育委員会から守られる事になった。

 

当時の私の力は、無力だった。

目の前にいる娘の精神を安定させる事。それだけに集中しようと思った。

娘は、クラスに男女関係なく多くの友達がいた為、多くの友人が見舞ってくれたが

娘は誰にも会えないまま時間だけが過ぎた。

自分の為に、授業が遅れたりして受験に迷惑がかかってはいけないと

娘は友人達を心配していた事も親として本当にもどかしい気持ち以外無かった。

 

とうとう、卒業式が来た。

娘は出席しないと言っていたが、日が迫ってくると友人達が次から次へと

卒業式は全員で迎えようと声をかけてくれたおかげで、

娘は卒業式へ出席できた。私も勿論、親として出席。

 

その日、問題の男性教諭は物凄いガードで学校から守られていた。

私はおめでたい日に、そんな人と話す気持ちなど一切無かったが、

卒業おめでとうも、申し訳なかったの一言も結局無かった。

式が終わった途端に、雲隠れして一切外へ出て来なかったのだ。

 

教師の中には、本当に熱心に時間など関係なく子供の心や気持ちを考えてくれる人もいる。

実際、娘は、その後学業の事だけではなく、様々な問題を心配してくれた教師に出会えた。当時の娘は男性に対しての考え方が歪んでしまった時期であった事もあって

娘の事を本当に心配してくれたり応援してくれた先生の気持ちが上手く伝わらないまま

お別れとなったのだが、娘が社会人となった今はあの先生の行動や言葉に感謝している様子がわかる。

 

私自身も、教員では無かったが大学教授の秘書として働いていた事があったのだが、

その時に多くの学生から相談を受けたり、親御様からの相談を受けたりと、

時間や曜日など関係なく、電話を取ったり、夜中でも出向いて行った。

 

「人」が関わるという仕事は、自分の都合や決められた時間や曜日にだけ問題が発生するとは限らない。それを理解した上でその職業に携わるのかどうかを考えるべきだと思う。

教員になる人の中には、公務員仕事的に安直に考えて安定を求めてなった人も多い。

ドラマに出てくるような教員を夢みたかもしれない。

 

家庭で出来る「躾」

これは、事実多いし大切な事だと私も当然思ってきた。

ただ、幼児虐待に始まり、難しい年齢になった時、他人の力を借りて良いよって私は思う。

親が子供の事で思いつめているなら、他人が手助けしても良いのだというサインを

出しておけるくらいの器のない人なら、教員になる事自体が危ないと思う。

 

親が子供に過干渉であるなら、その事をダイレクトではなくどう伝えてどのように解決すればいいのか。

教師任せなのは、勉強だけではなく、子供と教師の間に信頼関係あってこそ

勉強も楽しいと思えるのではないだろうか。

 

残業だらけで、休みも仕事を持ち帰る教員が多いと思う。

何なら、休みも取れない時もあるだろう。

でも、教員は、事務員じゃない。事務職を望んでいたのであれば、

教員になってはいけない。私はそう思う。

 

「人」が関わらない仕事を探すほうが難しいだろうが、教員はいったい何を望んでいるのだろうか?自分の教えるべき教科を時間内に教えるだけが全てだろうか?

子供の個々の特性を知らずして、同じように授業をしていてもそれはただのロボットだ。

どんな家庭なのか?知れるならラッキーだと思うくらいの性格でなければ教員で

あり続ける事は危なくないだろうか。

学校内の事、学校外の事。家庭での事。友達たちとの関係。健康の事。

どれもこれも大事な事では無いだろうか。

学校とは、学業を教えてもらう場所ではあるけれど、

人間関係が構築される大事な場所でもあると思う。

 

イジメ問題で、自死に追い詰められる子供があとを絶たない。

教師は、決まってイジメを否定する。教育委員会は決まったセリフしか言わない。

子供は、大人が思っている以上に純粋だ。

そして、その分、残酷でもある。

 

親に相談出来ない子供たちの心の中を1日の大半を過ごす学校で何らかのサインとして

出していた子が多いはずだ。

勿論、家庭の中で、子供の心の内の変化やサインを見逃さないという事も大事だ。

共働き、私のように一人で子供を育ててきた母親のように、

早朝から夜まで必死で子供や自分の生活を守るために日々を過ごしている為に

子供のサインに気づいてはあげられなかったという事もあるだろう。

 

私が特別だったわけでは無いと思う。

子供が成長して、大人になったとしても、周囲の人に「助けて」と言える

環境がいかに少ないのか、その事を理解したうえで人一人の人生に関わる職業である「教師」を目指してもらいたい。

この問題については、又機会があれば書いてみたいと思う。

 

教師の家庭での問題は、

教師が学校の仕事の時間に追われているから起きる事では無いというのが私見である。