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今日のことを忘れることは無いかと。

49歳と50歳のどこがどう違うのか?

戸籍を首からぶら下げて歩いているわけでは無いけれど、

この日本では、履歴書に書く生年月日は重要なのです。

 

50歳になった途端、求人に応募しても通過しなくなりました。

あからさまに。

誕生日の翌週からいきなりでした。

 

想像はしていました。

50歳を過ぎると、特別な職歴でも無ければ就職するのは難しくなるんだろうなーって。

でも、私が今望んでいるのは、就職、正社員ではありません。

 

パートや、アルバイト、時短、短期、日雇い、

ここが通過出来なくなりました。

 

中途半端に、大手企業で仕事をしてきた私の履歴書職務経歴書

大半が、派遣でした。

子供が小さい時は、時短も仕方が無かったり。

社員になるわけにはいかないと、その目の前のことばかりで必死でした。

派遣は、不安定だけれど融通がつく。

これは親戚も信頼できる友人もいなかった私にとっては、大きなメリットでした。

 

そうこうしているうちに、体を壊し。

 

そして、今年1月で50歳になりました。

はい、仕事先で去年の暮れはみぞおちを蹴られて、泣く泣く退職しました。

 

1月から面接を受けること、80社以上。

派遣のエントリーは、300社以上だと思います。

 

私が仮に逆の立場なら思ったかもしれません。この人は何ですぐに仕事を退職?

なぜずっと派遣?

なぜ?なぜ?と考えるよりは、若くて即戦力のある人を優遇したほうが人事は間違い

ありません。

 

ホームレスの人の大半は、精神に何らかの病を抱えていることを知っている人は

多いかと思います。

私は、もしも今クレジットカードを持っていなければ昨夜、外で寝るか

時間を潰す他ありませんでした。

娘と言い合いになって、出ていくしかありませんでした。

支払いも出来ないクレジットカードを使って、連泊2日というカプセルホテルを予約しました。

 

惨めな気持ちです。

関西から旅行で都内へ来て、カプセルホテルのように安いところで休む人とは

わけが違います。

50歳、都内の住所を書く私が都内のカプセルホテルに宿泊。

 

狭いといえば狭いのですが、誰にも見られていなくて、静かです。

正直、一生ここで閉じこもっていても平気そうです。

お金さえ続くなら。

 

シャワーもあって、トイレもあって。ドライヤーも使い放題。

出来たばかりの綺麗なカプセルホテルが、徒歩圏内にあるだなんて、

こんなことが無ければ知らないままだった事でしょう。

 

そして、都営の申し込みが今日中だったので直接で持参してきました。

書類に不備があったら嫌だったので。

そして、生活保護の相談へ行きました。

本当は、2ヶ月だけの居候という約束で、娘の家へ。

 

でも、今で4ヶ月半です。

荷物は、服わずか以外、これまたお金も無いのに、レンタル倉庫へ預けています。

 

生活保護の担当をしているケースワーカーの女が、

上から目線で、人に言う言葉を知らないのか?と思うような女で。

そして、あんまりにもひどいので、私は初めて他人に切れました。

 

こんな事、初めてです。

 

みぞおちを蹴られた職場の女性やイジメを散々うけても

一切、言い返したり、物申すって事をした事のない私がです。

 

生まれて初めて、他人の女にキレました。

物申すという事、そして、あなたが今いったい何を私に言ったのか?って事を

はっきりと言いました。

でもケースワーカーの女は、キチガイが何言ってんだって顔でした。

申し訳ございません、も、 すみませんも無く。

 

娘に、保護のことLINEで知らせました。

娘は、5時ぎりぎりに、一人で行ってくれました。

私の話したケースワーカーと話をしたそうです。 そして電話で娘と少し話しました。

 

娘は、ケースワーカーは確かにくるってるし、ピントもずれてるけど

娘がいつも私に対して思っていた感情と一緒の部分があったと言っていました。

 

えぇ、そうでしょうよ。

娘は、悪い子ではありません。常識も外へ出れば理解して行動もできます。

だけど、私の行動、言動、病については、認めたくもないし

考えたくないし、関わりたくないのだってこともわかっています。

 

精神を患っているというよりは、私は、生い立ちや結婚してからの日常生活で

出来上がってしまった、他人への恐怖心や疑念を拭うことが出来ず

自分の心の中でずっとじっとしています。

ただのうつ病なら。そう思ったこともあります。

 

虐待され義父と暮らしていた年月。

暴力、暴言で閉じこめられた年月。

 

子供を一人で必死に守ろうとしたかった私は、とにかく必死でした。

どんなこの世の中にある存在より、ものよりお金よりも大事な娘は

私の命よりも大事ですから。

 

だから、娘のことを他人にバカにされたようなことを言われると、

黙っていられませんでした。

 

娘は、そんなくだらない女を相手にはしません。

さらっと流して、必要な要件だけを聞いてきたようです。

 

彼女の声をたった1日聞かなかっただけで、涙が止まらなくなりました。

もう2度と聞けない、会うこともないと思って家から出ましたから。

 

娘は、ママがちゃんと落ち着いてから話をしたほうがいいと思うから、

家で、犬くんが待ってるから何か食べて家で待っててと。

 

帰ってくるなと言った娘が、家に戻っていいよとは言わないけれど

家で待っててと。

 

そう。と 帰ることが出来ずに、またカプセルホテルへ戻って今これを書いています。

 

娘にもう迷惑かけたくないのに。

生活保護は、受けたくなんかないのに。自分で働いて自立したかった。

娘の住むマンションの真隣が空いて、申し込みをしたけれど審査で落ちたことも

今日はダメージでした。

 

都営が1軒枠なのに、1回申し込んですぐに入居できるとは

考えにくいです。ものすごい倍率です。

 

家無し。 預貯金無し。 仕事無し。

もう、生きる気力なんて線香花火です。

 

だけど自死は、娘にもっと迷惑がかかるんです。 どうしたら?

お金ないのだから、歩いて雪山にでも登って凍死。

理想的だけれど、現実的では無い。

 

春になって、夏になってから登山。 遭難なら何とか娘に迷惑かけないで自死

可能になるかもしれない。

もう頭があれこれ、ぐちゃぐちゃです。

 

こんな状況なのに、まだ仕事探そうとしていて、

日払いで日雇いで。とにかくエントリー、応募、あまりにも多くの派遣会社から

応募しすぎて、どこへもはや応募したか?

返事が来ないところもあるでしょう。

 

こんな、生きる権利も将来の希望も何も無い無いづくしの人間は、

生きる理由が見つからない。