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土曜日。
週末の土曜の朝をカプセルホテルで目覚め、昼間を図書館で過ごす人がどこにいるだろうか。

犬くんにお薬を飲ませに行き、
食事を作ったけれど食べない。
お散歩に誘ってみた。
最初は行かない感、満載だったけれど太陽が出ている間に。と思って誘った。

そして、お散歩が戻りいつもどおりシャンプードライヤーをしてねんねを確認してから娘の家を出た。


図書館。

よく来ている人は顔を覚えていたりする。

きっと私も覚えられてるのかな。


今日は、私の実の父の誕生日だ。

生きていれば、72歳。


若い頃から格好良い父親だった。
私が父と一緒に過ごした頃は、スーツがとても似合う格好良い男性像だったと思う。
だから、モテたのか?浮気ができたのは
父のマメさの賜物なのか、それとも、モテたのか。

中年になってからは太ってしまったけれど、外では紳士だったと思う。

父は、お坊っちゃま育ちだったと思う。
子供の頃はそういう事を考えた事も無かったけれど、
今思えば、親のことがわかることも多い。


お金持ちのお坊っちゃまにとっては、何が必要かというと
外の面白い世界だったのだろう。

母と出会う前からモテていたはずだ。

母と結婚するメリットがあったのだろうか? 
母は、若くして結婚し、離婚に至るまでの間、お嬢様育ちでは無かったものの、
世間知らずだったのかもしれない。

今の時代となっては、古い考え方で幼稚だったのだろう。


私もきっと同じだ。

母のことも、離れて何年もたつと、許せなかったことも許そうかと思える。

父も同じ。

父は、私や弟を捨てたと母から聞かされたこともあった。

それでも自分で会いに行きたかった。

20歳になったら、父を探して会いに行こうと。
今のようにネットのない時代。

ただ、父は探しやすかった。 それなりの地位やステータスのある人だったから、
ネットも興信所も使わずして、20歳の若い子が探す事が出来た。

私が結婚して、娘が生まれてから1度だけ会えた。
私の娘を見て、私が生まれた時の頃と比べて、何を思ったか?
私が生まれた頃、小さい頃は、大きな目でこっちを見てたと。

父と別れたあと、娘の父親、元夫が言った。

「おまえのお父さんは、僕の娘の目が小さいと言いたかったんだろ」と。

私は目がぱっちりしていたのか、父の思い出の中にはそういう事が蘇ったのだろう。

父は当時、新しい家庭に幼い子供をもうけていた。私の異母兄弟という事だね。

勿論、会いに行く事は無い。

双子だという事を色々調べていた時に知ったように思う。

だけど、もう、父に会いにいこうとは思わない。

父には父の新しい生活があり、家庭を守らなくていけないのだから。
今なら、わかる。

若い私には、冷たい父だと思った事が何度かあった。

だけど、一生忘れないのは、私が未成年だった時、家を出て一人でマンションを借りようとした時、
保証人がいなくて、両親になってもらってくださいと。

最初に父に泣きついて、外で会って名前を書いてもらい印鑑を押してもらった。

その後、私の母にもその欄の下に名前と印鑑を押してもらった。

不思議な気持ちだった。

離婚して、もう会う事も無い元夫婦が、私を通じて1枚の紙に、サインして印鑑を押すなんて。

あれから、31年。
鮮明に、あの日のことを思い出すことができる。

父が恋しくて会いたい、一緒にいたいと思った。

私は、お茶だけ、サインだけと思って会ったが、父はこのあと何か予定があるか?と。
車に乗せてもらって、隣の県まで行って父の行きつけだったのだろう、お寿司屋さんへ連れて行ってくれた。

とても高級そうなお寿司屋さん。
父の大好きなお魚。食べ方がとってもスマートで綺麗すきな人だった。

父がその時に言ってくれた言葉で、今でも思い出す言葉がある。


「外見はもう大人だけど、周囲の人の言葉をよく聞いて大人になりなさい。中身はまだ子供なんだぞ」と。

子供を持ったことも育てたことも無かった私だったが、いまでもこの言葉が
嬉しかった。
とっても嬉しかった。

そして30年以上が過ぎても覚えているのだ。

父は、私を嫌いだったわけでは無いと思う。

お寿司屋さんを出たあと、私を新幹線の駅まで送ってくれて当時の私には大金だったまとまったお金を持たせてくれて
新幹線の切符を買って、見送ってくれた。

彼の人生もまた、壮絶だったにちがいない。

仕事の出来る人だったし、仕事では誰にも文句を言われることが無い程トップまでのし上がった人だ。
だけど、そうなるには彼のコンプレックスをいつも抱えて必死で地位を駆け上がったのだと思う。

私も今なら理解できることがたくさんある。
社会に出て大人になり、家庭をもち、子供を育てた私の時間、経験は、凄いと思う。

パパ、お誕生日おめでとう。
もし生きているなら、長生きしてね。
家族と共にいつまでも平穏な幸せが続きますように。