"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

オソラク

この時間にランチを食べて、13:00〜又、午後の仕事に入る。

そんなごく平凡な職場で、誰でにも出来るよと言われるような仕事をして、
一般的なお給料をいただき、定時に帰宅して夕食を食べながら適当なTVでも観て、寝る。

あぁ、私はそういう事を本当に望んでるのか?
いや、、、実は望んでいないのかもしれない。

そう言って、他人とは違う人生を望んだり夢みたりばかりしていたせいで、
今の状況になっているのだよね。

どうしてこう、私には学習能力が無いの。

昨日、自分の障害について考えさせられたばかりだったよね。

それでもやっぱり私の頭のどこかで「夢」を観ているのだろう。

集中出来ない。
いや、この集中出来ないというのが、アスペルガー独特なのだとか本に書いてあったよね。

PCブースは、一応、囲われているのだけれど音まではさすがに防音にはなっていなくて

向かいの人がPCのキーボードが壊れるんじゃないか?って程の音が聞こえてくる。

かわいそうなキーボード達。


あんなに、叩かれて。



最近、俳優の高橋一生さんが身の回りの物に名前をつけている事を何かに書いてあったのを読んで、
いや、私もだし?って思った。

高橋一生さんは、俳優としても人としても魅力があると思う。
彼は、まだ若いと思うけれど多くの経験を通して今になったのでは無いかと思う。

俳優は、個性的であるか、「無」であるかが良いと個人的に思う。

個性が強いと、同じような役しか出来ない。

「無」になれる人は、
どんな人格にでもなれるのだから俳優さんは、天職だと思う。

見るからに、お嬢様顔の人に孤独で貧困の暮らしは難しいと思う。
振る舞い、声、顔立ち、その人のそれまでの暮らしを反映させてしまうように思う。


私は、生まれながらにして貧困だったし、孤独だったし、寂しい、惨めな時間の方が
圧倒的に多かったのだが、、、、

他人(例えばこれまでの職場とか)から、
「○○さんは、きっとこれまで苦労という言葉とは縁が無かったんだろうなー」
「お嬢様育ち!って感じだする!」と言われる事が多い。


「これまできっと、大変だったね」と声をかけてもらった事は?

およそ20年前にシェルターで娘と保護された時に私を救ってくれた人だけじゃないだろうか。


子供と二人で生きてきた事を知った人ですら、
「○○さんは、子供さんと二人で自由奔放で楽しそう」

そう言われてきたし、言われる。


顔が、お嬢様顔なわけでも無く。
身につけているものが、ブランドなわけでもなく
立ち振る舞いが育ちの良い家庭の人のようでもなく。


なぜかな。

本当は、
「大変だったね」
「辛かったでしょう」
「頑張ってるよね」

そう言ってもらいたいんだけど。


私の娘は、サザエさんの家庭のような環境に憧れているところがある。

ドンと構えて家族をまもる、サザエさんのお母さんのフネさんのような母親像を思い描いて私とは程遠いからイライラするみたいだ。


私は、いつもオドオドしているのに
周囲の人にはそう見えないみたい。

小心者なのに、行動がいつも衝動的だからか?何でもやりこなせてしまいそうに思われる。

違うんだけどな。。。


「可哀想に」と声をかけてもらったら、どんな気持ちになるのかな。
「大変だったね」とか、
「頑張ってるね」って声をかけてもらい続けると、私はどうなるのかな。

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