"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産申請中←今ココ)

人に「何かを伝える」ってこういう事だ

私が、20年前にお世話になった事のあるシェルターの人と今日は電話で話した。

新幹線の線路のそばを歩いていると、「新大阪」行きが真横をすごいスピードで走っていく事が
あって、これに飛び乗る事が出来たら、「京都」へ行けるんだなって思ってしまったら
何度も悲しくなって。

私と娘の「今」があるのは、そのシェルターでお世話になった相談員の女性と当時、課長をされたいた方の
おかげなのだ。

私は、今の場所で、京都でお世話になったシェルターに電話をかけ、相談する事は間違いでは無かったように思えた。

同じ、女性のためのシェルターで、相談員さん達でも、窓口が違うとここまでも違うのか、、、と愕然。


私が今日、電話をかけて今の状態を話したのは、自分の頭の中の整理をしたかった事。

そして、私が誰かに何かを伝えるとうまく伝わらないという事。

今日、相談員の人と話をして、驚いた事は、

「あなたは、会話も上手だし、頭が良くて相手を先に見破ってしまったり、
先の答えがわかってしまうから、自分自身が辛くなってしまうのかもしれないよ」って。

その「先」と「答え」は何通りもあるように思うよ。

目から鱗だった。

生きる為に大事な気力すら失いそうだったのに。

後ろ向きになっていたのに。


私は、ここ数年、誰かに何かを話すのが下手だと思い込んですっかり自信をなくしかけていた。

自分で複雑にしてしまっていたのかもしれない。

明日、一社、面接を受けるにあたっても、臆病になっていて、また同じ事がおきるかも?
私はうまく社会に紛れる事も、会話する事もできないのでは?

家をなくし、仕事をなくし、自信もなくし、もう混乱しか無かったのに、

電話を切ったあと、私は自分の目や耳、口にもう1度自信を持って歩いてみようって思えた。


自信がなくても、今の私はなくすものなんか無い。

ゼロなのだから、マイナスにどんどんなっていく事よりも、0、1でも前に何かを見つけたほうがこれからの
私の人生にプラスになる。

そう思えた瞬間だった。

誰かに、「何かを伝える」ってこういう事だって思えた。


学ぶ事が出来た。

言葉は凄い魔物だって思う。

電話は、顔が見えない。

だからこそ、相手が今どんな状況?シチュエーション?何が伝えたい?何をキャッチして何を返せばいい?

そういう根本的な大事な事を教わった気がした。

私が、この数ヶ月の間に起きた数々の悲しい事全てを、一旦置こう。

私が何か失敗したり、落ち込む事が起きても、次の扉をあける。

失う事がどうしても嫌なのは、自分の家族と自分の本当の心の内側だよね。

自分に嘘つくなんて、時間が無駄になってしまいそうだから。


人に何かを伝えるって事の本当の意味は、対面が伝わりやすいと思い込んでしまうところだった。

電話という見えない相手に対して、聴く、受け止める、伝える、

想像力豊かにどれだけなっても構わないのだ。


書類審査を通過した会社。

明日の面接。

何が飛び出すのか?考えるより、行って楽しんで来よう。

ダメだからって落ち込まなくても、こんな経験したんだって思えそうだから。


私の中身を見てくれるような人が採用決定する人だったらいいな。
それが、仮に不採用だったとしても。