読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚した女のその後の人生

何のために生きてるかなんて考えない

今日も晴れているけれど、図書館で過ごしてる。

外を気持ちよく澄み切った気持ちで歩いてはいけないような?


もうすぐしたら犬くんのお散歩に行こう。

娘の家で待っているだろうから。


よく考えれば、犬くんの人生は人間に比べればめちゃくちゃ短い年数なのに、
精一杯生きてるんだな。

損得なんか計算して無いのだろうな。

人間のために、移動したり。

文句も言わず、家族のために笑い続けて、

気付けばたったの13年で老人になっているのだから。


戦地へ人間のために一緒に歩き続ける犬の写真を何度か観た。

彼らは、人間のために命を落としてしまう事だってあるのだ。



そもそも、人間が戦争をしなければそんな犬達はいなかっただろう。


"何のために生まれてきたのだろう?"

そんな事を考えたりしないのかもしれない。

純粋で、無垢で、心の綺麗な生物なのだなって思う。


褒められる事を心から純粋に喜んでくれる。


私には無いものをたくさん持っている犬くん。


見習おう。


何のために生きてるかなんて、考える必要は無いのだ。


生きていれば、必然的に出来事が何かしらあるのだ。

仮に、病気で一歩もベッドから出れない人がいたとしても、

何らかの理由で、私のように家を失って職を失い、お金が一銭もなくなったとしても、

それは、全て、

生きてるから起きた事。


嘆く事は、自分が悲しくなるだけだ。


自分が生まれた事、存在している事、

何もかも、必然的だったのだよ。
きっと。

誰かを恨む事もなく、自分を責める事もなく、

生きてさえいれば、きっと最期があるはず。

最期がいつ?かなんて、考える事もやめよう。

今日が終われたら、"○" としようじゃないの。

明日を迎えていたら、"ハナマル"としようじゃないの。

ね。