"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

弁護士

明日は、2度目の法テラスへ行く。

弁護士という職業であっても"人"だ。 相性も考え方も私にぴったりと合う人に出会う事のできる確率はかなり低い。

"法テラス"というところは、30分だけ無料で弁護士に相談が出来るところだ。

しかも3回までと決まってる。


私は、離婚をする事を決めた時にやはり"法テラス"で弁護士と出会った。

ずっとあとになってわかった事だが、女性の弁護士さんで私と同じ年齢だった。

当時はDV法もなく、その弁護士さんの熱意と勉強熱心さが無ければ

私は勝てなかっただろうし、子供と一緒に暮らす事は出来なかったかもしれない。

慰謝料も養育費もいらない、ただただ娘と静かに暮らしたい。それだけが望みだった。

離婚をする事が一番の望みだったが、その女性の弁護士は強気でもらえるものはもらわないとダメだと粘ってくれた。

法律のことなど当時は一切関わりが無かったし、勿論、離婚をするつもりで結婚をしたわけではなかったから、結婚してから離婚を決意するまでの間の全ての辛かった事をメモしていたわけでも、録音していたわけでもなかった。

今ならスマホもPCもある時代だからあんなに苦労する事は無かったかもしれない。

当時、誰にも言えず日記を書いて隠していた。何度かは元夫に見つけられ、それを読んだ元夫に笑われ罵られた。
それでも又、何をされたか、どう思ったかをひたすら書くしかなかった。

家から自由に出る事は許されず、誰とも接触する事なく話せる人もいなかった。
文章に残す事だけが、私の「居場所」だった。

家庭裁判所」が何を扱う場所で、何を聞かれ、何を話すのか?
私は無知だった。

お金があれば、この時点で弁護士さんに依頼する事も出来たが、
私は全て自分でやった。

家裁だけでも半年は時間を要した。

家裁から、地裁での裁判になる時からはさすがに弁護士が必要で
「法テラス」なる場所へ行ったのだ。

私はラッキーだったと思う。
私の弁護を引き受けてくれた女性弁護士は、無駄な会話を一切しない淡々とした人だった。

でも彼女は強かった。

DVの離婚裁判など、当時はまだ珍しいケースで
弁護士が被害を受ける事ですらある時代だったが、何に対しても一切、怯まない人だった。

そして情の厚い頭の良い人。

私の書いた「陳述書」にも無駄のないアドバイスで助けられた。

離婚裁判より、これから私が立ち向かう「自己破産」や
生活保護」の方が苦しい。

戦う相手は「自分自身」だから。


今、離婚裁判で子供を連れて辛い想いを一人で抱えている人は沢山いると思う。

明日、弁護士に会ってこれから勧めなくてはいけない事が
いつか、良い経験となり、心新たなスタートになったと振り返りが出来る日が来る事を祈るしかない。