"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

生活保護

実は今日は仕事へ行かなかった。

いつもどおりにアラームをセットして起きていたけれど行かなかった。

やらなくてはいけない事が多すぎると。



確かに、いやな事は日雇いであっても仕事で忙しくしていれば忘れる事が最低でも9時間は出来るけれど

いやな事が消えてなくなるわけでも無いので、1つずつでも解決していかないとだし。


"いやな事"とは。


それは、シェルターへ入り生活保護の申請をする事。
生活保護の申請をしたらシェルターか簡易宿泊所へ入れるというのが正確なところだけれど。


"生活保護"を受ける事や申請をする事がこんなに嫌だったり、躊躇する私のような人間もいると思えば、
 

生活保護=不正受給者が現実にわずかながらでもいるが為に、生活保護が騒がれる事が多いだなんて皮肉だね。


不正に受給しても何とも思わなくなれる神経に1度くらいなってみたいものだ。



実際のところ、そんな人いるのか???

自分が生活保護を実際に申請して生活保護者について取材した人がいたよね。

何て暇な人なんだろ。


多かれ少なかれ、日本人は生活保護を恥ずかしく情けないものだと感じているのでは無いだろうか?

当然の権利だと言えばそうだけれど、内心は、働きたい。自分の力で生きれるなら生きたいと願っているのでは無いだろうか?



生活保護受給のお金は税金だとある弁護士が私に言ったように、そんな考え方をする人だって未だにこの日本にはいるのだ。



これまで一生懸命に働いて税金を納めた人間が、何らかの理由で生活の為に、保護費を受け取る事は正当な方法だけれど

現実の生活の中には、後ろめたい風潮があるわけだ。


実際、生活保護費用を振込みではなく、毎月区役所へ受け取りに行く人達は、窓口の人間に頭を下げている人だって

いるのだ。

いやいや、、、窓口の人間がお金を"恵んでいる"訳じゃないから!!



悲しいかな、受給者に偉そうな対応をする人もいる。

一人でもこういう人がいる限り、日本は変わらないだろうね。



生活保護受給者だから、毎月決まった収入があるのだからアパートも借りやすいだろう」と言う人もいる。


いやいや、そんなに簡単じゃないですから!

生活保護受給者なだけでも肩身が狭い上に、精神科に通院してるなんて大家さんが知れば入居は簡単では無い。


「事故物件でもいいので、住まわせて下さい」



その覚悟でアパートを探すなんてどれだけ惨めな気持ちになればいいのだろうか。


ホームレスのほうが、気楽。


路上で生活している人はなぜ生活保護を受けない?っていう人が多いけれど、

簡単に住む家を借りれないとか、就業出来る年齢なのにしないと言われ、

「みんな辛くても一生懸命働いて少ない賃金で生活してる」「甘えてる」と言われるほうの気持ちを考えた事があるだろうか?


このまま、お金が許すなら私もずっとホームレスのままでいたいって思う事すらある。



つい先日も申請に行っていたが断られ続けて諦めた上に、体調が悪くても病院に行けず自宅で孤独死をされた男性がいた。

毎月10万円の年金がある為に、生活保護の受給額よりも金額が多いのでというのが断られた理由だそうで。


窓口で対応する人達に「心」なんか無い。

ノルマや決まりに縛られて、心の余裕なんかない。

組織の中で決まりが無い所なんか職場では確かに無いだろう。

ただ、「生活保護」とは、最後の砦の場所であって、人の命がかかっている大事な判断をする場所である事を

理解している人だけが対応するべきだ。



現実の生活の中で、住民票もあるのにそこでは暮らしていけず、外での生活をしている人はいっぱいいる。

実際に私もホームレスとなってみて思うのは、不自由と言えば安心して足を伸ばして眠る場所が無い事。

これくらい我慢しようと不思議に段々思ってしまっている。



いや、もうこれは一般的に考えたら最悪な状況だよね。


だけど、何となく疲れが大きくなりすぎて「もういつ終わってもいいんだ」って思っている自分もいる。




私の場合は、犬くんの余命があとどのくらいなのか?彼が苦しまずに老衰してくれるなら、それまで私も頑張る。


彼は苦しい息をしながら、頑張ってる。

毎日、熟睡も出来ずにゴホゴホ言いながらも懸命に生きてるじゃないか!!

彼の存在が無かったら私は日雇いで働こうとか考えなかっただろうし。

病院、薬代がどうしても必要。

私は、ご飯が最低限食べれたらそれでいいなーって本気で思う。





自分の命なんかよりも世界で1番大事な娘が、これから彼女の人生を楽しく生きてくれたらそれでもう十分幸せだ。


私の人生は、いつも言い訳付けしてこれまで生きてきただけだ。


虐待されていた子供の頃、不幸だったけれど不幸だと思う余裕も無かった。

「早くここから逃げ出す。」そればかりを願っていた。



「結婚していつか自分は自分の幸せな家庭を」

そう願って飛び込んだ結婚生活。


愛する娘も産まれてきてくれた。

彼女の存在があったからこそ、私は生きてこれた。



元夫にどれだけひどいめに遭わされようが、私は娘の為に死ぬわけにいかないとそればかり考えて殴られていた。


娘はもう面倒な私がいない方が生き易いはずだ。


犬くんがいるから、今は生きていなくちゃ。


もしも犬くんがいなくなったら?

私は、いつもそうやって生きる為に「言い訳」をつけてきた。


人生が長く生きられたら幸せだとは考えられない。


短くても、楽しい思い出がたくさんあれば、それは幸せな人生だったんだと思えるはずだ。



今日は、3日連続で嫌な事があったせいか、心身共に疲れ切っています。

でも、行きなくちゃ。