"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産申請中←今ココ)

孤独とは

少しだけ久しぶりに図書館へ来てしまった。

もう外も暖かいので、娘の家ではなく外でシュラフさえあれば暖かく眠れそうな気もする。


犬くんは、昨夜も何度も外へ行こうと言い出して困った。

何度も夜中に起きて、明け方に起きてするって体力的にもう大変。

私の年齢で育児は無理で、介護も結構大変だなって感じる。

人間の介護をしている人が私の年齢なら多いかもしれない。

私の両親も生きていれば71歳。今年72かな。


ここの図書館では様々な人間模様が観れる。

今日は、いつものPCを使える場所へ行くとかなり近い場所で

女性2人が大きな声で政治的な話と、女性の生き方、税金についてなどを話していた。

1人の女性は明らかに老人で、その人が一方的に講義をしているような印象。

それをメモを取る中年の女性。


昨日は、同志社の大学院で講義をしてきて今朝都内へ戻ったばかりだと聞こえてきた。

いやいや、、、、無いし!って突っ込みたくなるような年配のおばあさん。

同志社は、確かに多義に渡っての講義や講演があるけれど、あれは無いわな、、、って思ってしまうような会話だった。


都営の団地に住んでいるというおばあさん。

戦時中の話題から、今の安倍政権までを語り続けて多分3時間はあっただろう。

もう一方の女性からお礼のお菓子を手渡され、帰っていった。


心を病んでる女性は、私を含めて多くに他方にいると感じる。


心を病んでいる事の自覚があるなら良いのだが、自覚の無い人や孤独な女性にとってはこの東京という首都で生きていく事は

本当に生き辛いであろうと感じる。


もう、立派に私が生き辛いのだから。


孤独がもう目の前まで来ている私のような人生をこの都会で、誰にも知られずに生きている人が

数え切れない程いるのだ。

孤独と言っても、家族の人数が孤独なのではなく、精神的な孤独。


家族がいても、孤独を感じながらただ惰性で生きている人だっているだろう。




私はホームレスになった事で、自分自身が学んだ一番大きな事は、

人生やその日のことを難しく考えない事だ。

その日が無事に終わる。
それだけで十分では無いかと思えた。

明日のことをあれこれ心悩んでも、明日が間違いなくくるとは誰も約束が無いのだから。

それなら、今日をちゃんと自身に嘘がなく生きる、過ごす。それだけで良いのでは無いか。


ホームレスになっていなかったら、あれこれと生きる中で一人孤独に思い悩んでいた事だらけだったと感じる。