"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産申請中←今ココ)

Pro

もしも、私がホームレスを脱出する日がきたら、

このHatena BlogProで書きたいと心から考えてる。


私が子供の時に、勉強も出来ず絵も下手で体育は苦手で学校も休みがちだった。

クラス担任だった先生が、「○○ちゃんは、文章が上手だね」と言った一言で

私は、「日記」を書くようになった。



今でこそネットで簡単に文章も書けるし、スマホがあって、すぐに何でも検索出来る。

私が小学生の頃は、ワープロすら無かった時代だ。


私は、いつも人見知りが強く誰の仲間にも入れず、いじめられっ子だった。


それが、その担任の先生の一言で「文章」書く事が

好きになったのだ。



誰からも褒められる事は、その後無かったけれど日記を書く習慣ができたおかげで、

結婚してDV被害や、辛かった気持ちを日記に何年も何年も書き続けていた。


DV法という法律も当時は無かったから

私が書き綴った日記は、

さっき書いたものでは無いという事がセピア色になったが事実を証明してくれた。


もし、裁判の中でその時間を感じさせる日記が無かったら、裁判所で私は勝訴出来なかったと心から断言できる。



DV法が出来たのは、私の離婚裁判が終わって数ヶ月後だった。



裁判をするために、一緒に戦ってくれた弁護士さんは、DV法を学習した世代でもなく、個人で一生懸命に調べ

法的な部分以外でも一緒に戦ってくれた。

人を弁護するという事は、法律だけで戦うとは私は思わなくなったのは、その人のおかげだと思ってる。



自己破産の手続きをするめるにあたり、依頼しようと思った弁護士は、「法律以外の事で力になれない」と言ったその一言で

解任届を法テラスに出した。



今、改めて依頼をスタートしている弁護士は、私が以前に違う事で依頼をした人だ。


自己破産の手続きなんか、弁護士にとってお金にもならないものなので本当は嫌で面倒なはずだが、

引き受けてくれた。


私は、今後何か困っている人がいたら、迷わずその弁護士さんを紹介したいと思う。


人と人って、お金だけで繋がっているとは思わない。


大事な事をちゃんと普段からしている人は、自然と人もよってくるのだと私は改めてしる事になった。


いつか。

私が生きていれば、次の目標としてHatena Blogでも何ブログでも構わない。


広告の出ない、誰かの力になれるようなBlogを書き綴って残したい。

文章は、下手だけれど自分の経験を書き残したいんだ。