"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

私への判決

私は、家裁、地裁、高裁で離婚をしたけれど、

あれは、自分への判決でもあったのかもしれない。


カウントしていたわけでは無いけれど、

裁判所へ、弁護士と一緒に歩いた、裁判所で陳述した、何を話した?断片的にしか記憶が無い。

分厚い陳述書を、自分で作った。

裁判が行われる前に、弁護士(女性)と練習をしたのを覚えてる。


私が立っていた背中の後ろに、当時の姑や舅が座っていたように思う。


後ろを振り返っていないので、顔を観ていない。


ただ、睨まれていた事は想像ができる。




そして、当時の夫だった人とその弁護士。


DV法もなく、女性への偏見や、男尊女卑など当たり前だった時代。



相手方(元夫)の弁護士(男性)の言った言葉の中でも、何十回と女性蔑視とも取れる言葉で傷ついた。


それでも、裁判所から逃げ出す事など出来ない。


何年もかけて、判決を聞いたというのに、その瞬間を覚えていないのだ。



気づいたら、私は離婚届を出していた。


当時、弁護士が出すか、相手方が出すか、私が個人的に出すか、

弁護士は一人で行くのは危険だと言った。


娘の親権を取る事、もう追いかけられない事を願った事、

そんな事を考えながら、離婚届を一人で出しに行った事を思い出す。




暑い日だったのを覚えてる。



もうこの区役所へ来る事は二度と無い。永遠に無い。そう思ったら、ちょっと笑えたような記憶がある。



もう逃げなくてもいい。

そんな想いがあったんだ。


娘を私は一人で育てる。守る。

絶対に、いつの日か、本当の意味での笑顔を生もうと自分自身にも娘にも想った。



娘の手だけを握りしめて逃げ出してから20年。


私は、その手を振り払われている。


それでいいんだ。娘は一人でも歩いて行けるのだから。

あれが、実は私の裁判の始まりで、

今、その判決が出たのかもしれない。

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