"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

他人を判断する基準はその人のステータスでは無い

"四角大輔"(ヨスミ ダイスケ)さんをご存知の方も多いと思う。

全く知らないと言う方もいるだろう。


私は、最初にその人の名前を聞いた時、どこの誰なのだろう?と素朴に思ったのをつい最近のように思い出す。


当時その人は、私が働いていた大学に非常勤で来ていた人だった。

有名な歌手をプロデュースしてきた人だった。

その歌手が休養するタイミングで自分の念願だったNZへ移り住んだ。


面白い経歴とか、その人のステータスなどは私にとってどうでも良い事で、

当時、その人の言葉や生き方、その人の妻という人に物凄く興味を持った。


当時ラッキーな事に、私は何度かお会いしてお話をする事が出来た。


でも、ある時から尊敬したり信頼出来ないと思うような事があった。



私は、その人と初めて直接お会いしてお話をした時に、ある登山家の話をした。


その登山家はまだ知名度もなく、有名になる前の事だったが、

応援をしてもらえないかという話をもちかけた。


その時、相手にされていない感100%だった。

口先だけの返事だった事で、私は距離を置く事にした。


その後、その方の奥様が私は大好きで、ご夫婦で講演がある時は、絶対に足を運んだ。


生き方、考え方、歩き方、どれも私は憧れの存在になっていった。


でも、頭のどこかでいつも何かがひっかかっていたんだ。


四角さんは、凡人がしないような事をしたい。無意識であったとしてもただこの人は目立ちたいの?と。



低姿勢な振る舞いや言葉を投げるけど、内心はどうなのだろう?といつも思っていた。




新卒で、有名なレコード会社へ入り、彼なりの苦労や大変さを経験した後、退職する頃にはすっかり業界人に。


その業界人とも、ステータスともお別れしてでも、自分の想う人生を歩みたいとニュージーランドへ。


ずっと長年憧れた事を実行にうつしたのだから、すごい。


でも、彼は結局ものすごい事を言って、書いて、それで暮らしているわけだけれど、

私の憧れの女性であった奥様と離婚してしまわれた。



個人的に物凄く悲しかった。



勿論、夫婦の事は他人にはわからない。


だけど、多くのカタカナ語を出し、本も売れた。

それなりに、別の世界で有名になって成功を収めた人ではある。


ただ、「人」としては、マイナスを表に出してしまったようなものだって感じた。



大学生、若い世代をターゲットにしてお金を得る。

四角さんのこのスタンスを私は受け付けなかった。


あの年齢になるまでに、人並みの暮らしをして、引退したから、自分の好きな道に歩めたはずだ。


だけど、その自分が歩んできた道を全否定するのか?って事になる。

矛盾を感じた。



私が応援をしてもらえないかと相談した登山家の人。


ある程度有名になった頃、二人が一緒に写真の中で収まっているのを観て、笑えた。


そう、有名人なら付き合うのだ。


周囲にいる人、場所、行動、言動、

彼の人柄を全て表している。



本当に困った人を目の前にしたら?助けるような人だろうか?

私が、「お久しぶりです、今はホームレスです」と言ったら??



ネガティブな事を嫌う人は、自分が良くなる人としか関わらない。


妻として一緒に長いあいだを過ごした人を大事に出来なかった人だったと私には思えた。




半分はニュージョーランド、半分は日本。そんな暮らしを実現させた人。

ちょうど「ノマド」という言葉が発信された頃だった。




だけど、いったいいつニュージーランドにいるんだ?ってほどしか

ニュージーランドの話題は見えてこない。



誰が観ても綺麗な写真、加工されていても自然に見える技術のある人。


何もかもがパーフェクト過ぎる。


完璧主義な人だ。

ストイックに、食べものなども気を使っていた。


自分が大好きな人と一緒には過ごしたくない。

なぜなら、自分以外の誰かが困っていても、その手を離すであろうとわかるから。




自分が溺れても、困っている人をボートに乗せて助けられるような人であれば

心を開いて、話そうと思えただろう。


誰とでも合わない人だって、いる。


それでいいんだ。

それが自然だから。



汚い人間関係など、私よりも沢山沢山、観てきた人だ。


だからこそ、自然が好きで、自然に囲まれて暮らしたいと願った念願なんだろう。


だけど、人間というのは、悲しいかな、1度でもスポットライトをあびたら、

その時を忘れる事は出来ないのだと思った。



目立つ事、自分が大好きな人。

あのひとはあの生き方が似合ってる。


そして、私はあの人の生き方を尊敬は出来ない一人だ。

決して否定するわけでは無い。

ただ、私の人生の価値観とは合わないとおもう人なだけだ。



人に点数をつけないと生きられない人の言葉は、99%Fakeだ。


観て読んで聴いて、感動する綺麗事しか出さないのだから。


これからも、綺麗で安全な場所を歩く人だとおもう。

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