"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス日記)

孤独と孤立

切ない映画を観た。

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アフリエイトではありません(涙)


" The Imitation Game "という作品。


実際に存在した人の話。


私が無知過ぎたのだとおもうけれど、"Alan Turing"という人が主役(この人が実在した人)


彼は、イギリスの数学者として大学の教師をしていた人。

イギリスがドイツと戦争になった時、そして、彼がまだ少年だった頃や高校生だった頃にまで遡って描かれていた映画作品だ。



エニグマ」という言葉を耳にした事はあったけれど、それが何なのか?

どこから出てきた言葉だったのか?考えた事も無かった。


最後がとても切なく、考えさせられたのでここに残しておこうと思った。



彼は41歳という年齢で、自死を選んだ。

彼は、少年の頃から同性愛者だったけれどそれは当時のイギリスでは犯罪として扱われたそうだ。


彼は、刑務所へ入るか、ホルモン治療をするかの選択で、後者を選んだが自分のそれまでの人生について考えた結果の

答えだったのか、それとも答えが出なかったのか、それは私なんかではわからない。


もっともっと重い意味を持った命だったのでは無いだろうか。


映画なので、美化されている部分もあったのだろう。


だけど、今のこの時代ですら、


同性愛者や他人と違う行動、思考、志向、動向、どこの世界でも差別や偏見はあるのでは無いだろうか。



日本もまた決して対岸の火事では無いと感じる。


「他人と違っていい」と言っている人も、本にした人も、

「では、あなたはどうだろうか?」と問いかけたくなるような人も多いとは思わない?



私は、そう感じて日々過ごしてる。


他人だろうと、家族だろうと、

皆、横に倣えな社会や風潮はまだまだ多く生活の中に根強いと、思う。



わかりやすい意識の面から言うと、私は同性愛者では無い。


ただ、他人と同じでは無い事が日常に多いように思う。(誰かに言われたかと言うと......正面から言われた事は無いんだけれど)



息辛いと感じる事自体、自分に何かしらの枠へ入れようとしてみたり、


思考をストップさせて、生きる事だけに意識を持っていこうとしたり。




よくよく考えると、

生き辛い事自体、自分が自分についても、他人についても、


偏見や差別の意識があるのでは無いかな。


無意識に、見えない「枠」や「輪」や「人」の中に自分を閉じ込めておこうとして、出来ないから苦しいと感じてるのだよね?


"Alan Turing "
という人は、ホルモン治療を受けたった2年で自死を選んだのだ。


"戦争"という背景で、彼は苦しんだかもしれない。

自分は、「人」なのか、「機械」なのかと。


だけど、私は彼は人でありたかったのだと思えた。


そして、恋をした人の名前を自分の作ったマシーンにつけて、彼をずっと想い続けたのでは無いだろうか。


映画の中のセリフで「孤独になりたくない」という言葉があった。


あれを、実在したAlan Turingが言ったかどうか?これはわからない。


だけど、自死を選んだという事から考えると、彼は社会から断絶されて心の中に「孤独」を感じていたのでは無いだろうか。



私は、比較の対象には足元にも及ばない人間だけれど、


自死を選ぶ人の気持ちが理解出来る。


「孤独」とは、どういうことなのかを私自身も経験してしまったから。


周囲に多くの人がいる事で、自分は孤独では無いと思っている人もいるだろう。

友人や家族がいる人は自死を選ばないと。


私もまた同じで、人がどれだけ周囲にいても、


自分が生きる意味が見いだせなくなった時、社会から自分を孤立させてしまう事ってあるのでは無いだろうか。


自らが他人との距離を保ち、壁を作っているかもしれないのに、

「自分は孤独になりたくはない」と感じて苦しむ想いが痛い程、今の私なら理解出来る。