"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

これがリアル

今朝から久しぶりに"Facebook"をウロチョロして観てみたんだ。


Hatena Blogとは違って、

私は本名でのFacebookだから、知り合いも全てリアルでの知り合いばかり。



彼らは相変わらずで。

(充実しているか?は別として、)

私とは天と地くらい違う暮らしをしている人達ばかりだ。





時々ハッと思う事がある。

Hatenaのブログで時々見かける方々の中には、


リアルの私の知り合いと簡単に繋がっていたり今後繋がりそうな人達がいるという事。




そもそも、私がどこの誰で、どんな人間なのか?


関係なく?私のちっとも完結に書けないブログを読んで下さっている方々には、ただただ感謝の気持ち。


そして、何より、


ホームレスの長い時間、孤独な時、不安で壊れてしまっていた時。


思考能力が停滞していた時。


そんな時に、何気ない言葉であったかく励ましてくれ、応援してくれた人達。


その人達は片手で十分収まる人数なのだ。

その人達の応援や肯定の言葉が無かったら、ここで今まだ文章(健忘日記)を書いていなかっただろう。


今の私には有り難い気持ち以外、何も彼らには出来ないけれど

いつか本当の意味での笑顔になったと報告が出来たらいいな・・・・





ブログは、本名を書かず自分の逃げ場所として、心の内を文章に出来る居場所なんだ。


色々な方のブログを読ませて頂く事が少しずつ多くなってきたけれど、

大半は、私のような健忘録日記ではなくて、


文章を書いたり、誰かの役にたてるような内容を書いておられて、

それによって収入を得てる人が多い。




だから、正直な気持ちを書くと、


「え?まだここで健忘録日記書くの??」と思っている方も多く、


読んでもメリットが無いと判断されるか、不愉快にさせてしまっているのか、離れていってしまう方も多い。


そういう方々には、


「ごめんなさい、貴重なお時間を無駄にさせてしまいました」
と心の中で想う。




誰かと自分を比較しても、人には人それぞれの道があって、考え方があって、運命もあるだろう。


そう考えると、


辛いとか不公平とか思ってきた時間はもったいないのでは?と


思い初めてる。



「去るもの追わず。」


「見えるもの追わず。」


逆に、私の目でこれまで観たことの無い(深く観ようとしなかっただけ?)ような経験が


たった1年強?で私は多く出来たと、考えようかなと。





両親も兄弟も親戚もいない。


私の唯一の血の繋がりのある娘からも絶縁され。


これ以上に無い孤独な気持ち。




ただ、


私の目の前で息がいつ止まってもおかしくない犬くんが、こんな私をママだと思って?



身を寄せてくれ、つきまとってくれている。


私がいなくても大丈夫な娘がいる事は、考えてみれば「自慢」って事でいいんだよね?


彼女はもう自分の足だけで歩きたいと考え、その為にはママは邪魔で足手まといだと。


そう考えて良いんだよね???


彼女は、自分だけで自分の人生を歩こうとしているんだから、心で応援してあげればいいんだよね?





親戚もなく母親(私)しかいない娘が、その母親(私)はちっともしっかりしてくれず、


病気のせいなのか、ただいい加減なのか、お金の管理も出来ない。


仕事を初めても、なぜかトラブルに巻き込まれる。


それを言い訳にしてるのか?退職しては、また違う仕事を初めたり?休んだり?


ウンザリされてもしょうがない。





これまで一生懸命に、助けようとか、支えようとか、これまで彼女は私の事を考えてくれたと思ってるし、理解してる。


だからこそ、彼女の思う理想の母親像には程遠く、期待を裏切ってばかりの日々だったんだと思う。



「私が、生きてさえいれば。」


そんなのは私の勝手な都合の良い思い込みだった事も反省してる。



ありがとうね。


ごめんね。


エンジンかかった矢先に、エンスト。