"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

17:00に想う色々なこと

17:00に外に流れてくる音楽は日本全国どこでも鳴ってるの?


過去に暮らしていた街の17:00を、どんなに思い出そうとしても思い出せないのだけれど、

今の暮らしている街では17:00に音楽が流れる。


ほんの少し前までは17:00でも外は明るかったんだけどなー。

もう10月も終盤なんだもんね。暗くなってもおかしくないか・・・・。



伊勢湾台風並の台風がくるかもしれない?!と少しだけ聞いたけれど、ホントなの?

ううん。

17:00の外のチャイムも、雨も、台風も、そんな事はどうでも本当は良いんだよね。



実は、先週あたりに友人から連絡をもらっていた事を気にしてる。

絶縁された娘が、その友人に「やっぱり犬くんに会いたいんだよね。だけどママとの関係が・・・」な相談があったと聞いていたんだ。



私にどう思う?というメッセージが来たので、

考える事もなく、

「私にとっては娘は一生娘。会おうが会うまいが、どこで何をしていても大事な娘に代わりはない。」という事と

「自分の信じる事をしっかりとやったら良いよ」と伝えてとだけ言った。


それから数日して、友人から娘がまだ思い悩んでいるようだとの報告。


娘は、真面目で正直な分、生き辛い。(と、私には見てきた)


縁を切る。一生ママには会わない。犬くんに会えなくなる事も諦めると断言してしまった手前、

真正面から、私の前に現れる事など出来ないであろう。

だけど、犬くんは彼女にとっても大事な家族だという事はわかってる。


でも。

彼女にとって、私(母親)のこのいい加減さがどうしても許せない事は理解出来る。

そして、母親の病気を目の前にするのも受け入れる事も辛い。

いつかは自分が1人になってしまうという事を、少しずつ歳をとっていく母親を目の当たりにしている事が

何よりも辛く1人でこんな母親を受け入れる事が重すぎると感じている事も理解してる。


そして、木曜日。


娘から簡単なメッセージが来た。

彼女の文章を子供の頃から見てきた私。

娘をずっと近くで見てきた私には、彼女の事がわかってしまう。

「ごめん」に近い言葉は一切ないままで、ただ「犬くんに会いたいけれどいつなら都合が良い?」という

彼女なりに精一杯、出した言葉だった。

その言葉の裏にどんな彼女の気持ちや計算や純粋な感情が隠れていたかは、母親だからこそわかってしまう。


「ママの電話番号を忘れたとは思えないけれど、念のためにLINEのIDだけ書いておくから

都合の良い時に電話かけてきてね」と返信した。


娘から返ってきたメッセージは「何か話す必要がある?」と。


私は、このまま娘が、いつ亡くなってもおかしくない犬くんと会わないままでいれば一生彼女は私のように後悔する人生に
なるであろうとわかってる。

だから、この言葉が返ってきたあと、私からの返信を心を鬼にして返していない。



何だかんだ言って、親子なのだから。何だかんだで、これまで母子だけで一生懸命生きてきたのだから。

だから、絶縁だと言っても、「鍋でも食べに行く?焼肉食べたかったんよねー」で元に戻れると私は心のどこかで

期待をしてしまっていた。



私に似てる。

「頑固」な部分。


他人には愛想よく出来ても娘には「ごめんね」が簡単に言えない私。

娘はいつまでたってもまるで思春期か反抗期並の子供のようだ。


だけど、どんな部分も彼女の良い悪い面だと私だけは受け入れてあげないと。そう思ってきた。

だからこそ、優しい顔で厳しい事も言った事もあると思う。

親だからこそ子供には伝えておきたい事。

そういう事を私の身のなりふりは高い棚に置いてでも言ってきた事もあると思う。

私自身が、人生で失敗してきた事を自分の娘には経験させたくないなと思うのが親心。

だけど、娘は失敗してきた母親に自分が一生懸命生きてる人生に口出ししてもらいたくは無い。という頑なさ。



私が目の前から消えて、せいせいした!というような娘では無い事は私にはわかってる。

だから、絶縁だ!と言った娘が苦しんでいるであろうという事は想像出来る。


「犬くんに会えなくなったのは、ママ(いい加減な)のせい。」

「犬くんの最期に会えなくなったのは、自分は連絡を取ったのにママが会わせようとしなかったから」

「まともな人とまともな結婚が出来なかったのは、病気持ちのいい加減なママのせい」


自分(娘)が孤独な老後を送る事になったのは、将来を考えずに自分を産んだせい。


娘は、痛々しい程、生き辛い。

いつも何かのせいにしていないと立っていられない程、寂しいと感じてる。

ママ大好きで、仕事をしていても、友達と遊んでいても、いつも気にかけてくれていた娘だ。


そんな娘が、何かに影響されたのだろうが私を「毒親」だと思うようになり、

離れた方が良いと思い始め、実行出来た。

実行出来たのに、彼女の気持ちが晴れない。

理由をしっかりつけて、自分の足で離れたにも関わらず。


この先、彼女の将来を私は一生見届ける事は出来ない。

彼女が努力してキャリアを手にし、お金を必死で得る事の辛さを同年代の子以上に経験していても、

"母親"という壁や障害は、越えられない。


だけど、私は何もしてはあげる事は出来ない。

何もしない方が良いと思ってる。



私は、子離れ、親離れの言葉を安易に本にしたり、ネットで文章にして情報として流してもらいたくはないなと思う1人。

家庭の中には、家族があって、家族には個々の事情があって、100人いたら何十通りものパターンが考えられると思う。



子離れの法則も、親離れの法則も。


家族や家庭の定義なんか作らなくても、良いんじゃない?

子供だから、こうではないと駄目。 

親だからこうでないと駄目。

そんなの私からしたら、バカげた法則だなって思って生きてきたんだ。


私には、私の思う信じる子育ての方法で娘を育てると決めて生きてきた。

1人だから誰も反対はしなかったか?


そんな事は無い。

"世間"は、そんなに軽くは見てくれない。


女が1人で子供を育てるという事がどれほど日本の国では障害が多いか。

そういう事も覚悟の上で、娘を連れて飛び出した。


それでも、こうして20年後に娘から絶縁されてしまう程、私は娘に大して酷い事をしてしまったのだ。


彼女を傷つけ、壊れてしまうほど。


自分の母親の駄目なところをみればみるほど、自分もいつかそうなるのでは無いか?という漠然とした不安な

気持ちや感情は私自身も経験したので、痛いほど理解出来る。


ただ、私の場合は「母親のようにはならない」といつもどこか強く念じてきた。

今もそう。


何かの言い訳にした人生にはしたくない。

今の私の暮らしには理由があったと信じたいし、今もこれからも全てに理由があって、頑張ろう!って

前向きになれるようありたい。

私が死んでも娘に気持ちが伝わらなくても、いつか彼女が年老いた時に、ほんのわずかにでも、

子供を想う気持ちが伝わる日がきたら、それだけで私の人生は100点だったと天国で想えたらいいな。



人は、否定され続けられると前に進む事も後ろを振り返る事もできなくなってしまう。

誰か1人でも良いから認めて肯定してくれる存在があれば、生きられるって信じたい。


私は、たった1人の家族である娘にこれ以上の「否定」は受けたくないと思ってる。

娘を「肯定」出来る唯一の存在で居続けるためにも彼女の望む距離感を保っていたい。


悩みの無い人生なんか無いってわかっているけれど、何でこう1つ片付くと休む間もなくまた難題が

襲い掛かってくる人生なのかね。